プロローグ

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 庭は花の甘い香りで包まれていた。  気高く、または可憐で、優美な様々な色かたちの薔薇が今は盛りとばかりに咲き誇っている。  王国五大貴族のうちの一つであるカトル家の薔薇園はそれは見事で、その権威を象徴するかのようだった。  その庭に今はたくさんの傘が立ち、薔薇に劣らぬ華美なドレス姿の婦人たちがテーブルを囲んでいた。  「皆様、お力添えをありがとうございます」  ガレベーラは立ち上がって言う。  絹糸のような艶やかで細い金色の髪に、アイスブルーの瞳を瞬かせ、その輝きは宝石のごとき。  ガレベーラの姿かたちは、あまたの絵物語に描かれる美しい姫君が、そのまま抜け出してきたようだと賞されるが、事実、現王室に女子は生まれていないため、元王女を母に持つガレベーラは血統だけで言えば最も姫に近い身分ともいえる。 「ガレベーラ様が慰問や孤児の福祉事業にご熱心でいらっしゃるのは、社交界でも有名ですわ」 「何か理由がおありなの?」 「わたくしは五つの時に母を亡くして、母のいない寂しさがよくわかりますので、少しでも親のない幼子の慰めになればと思っております」 「ご立派でいらっしゃるわ」 「お優しいこと」  婦人たちが優雅な仕草で右に左に頷き合う。  湿っぽくなった雰囲気を晴らすように、ガレベーラは声色を明るくして言った。 「刺繍を刺したハンカチは女の子が喜びますの。もちろん、男の子はお菓子ね。それはもう取り合いなんですのよ」 「刺繍などお安い御用ですわ」 「恵まれぬ人々に施しをするのは、わたくしたちの上流階級の役目ですものね。喜んで」  ガレベーラは屋敷に客人を招いて、茶会を開くことを頻繁にしていた。  孤児院に寄付するものを集めるためだ。  ガレベーラの刺繍を指す手がいくら速いと言っても、一人でできる仕事量には限界がある。そこで、暇を持て余している婦人や令嬢の手を貸してもらうことにしたのだ。  声をかけると彼女らは我先にと集ってくれ、会はいつも賑やかなものになる。  
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