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宿を出た時はまだ薄暗いと感じたのに、みるみるうちに、辺りは明るくなっていた。
「家がまばらになってきたな」
しかし、村のはずれといっても、どこがリビの村の端なのかわからない。
振り返ると来た道がずっと後ろに続いていた。
あの丘まで行って引き返そうと決め、ゆるい坂の上まで馬で駆け登る。
いっそう広く景色が見渡せる場所で、前進を止めるべく、グウィディウスは馬上で体を引きかけた。
と、牛を世話する人がいた。
丘の下の草原に立つ小屋の前で、牛に井戸の水を飲ませているのは、とても小柄な少年だった。
グウィディウスは駆あしから速あしに馬をゆるめる。
その姿に、目がくぎ付けになったまま、ゆっくりと馬から降りた。
まだ少年からはずいぶん遠く、気づかれてはいない。
緊張のあまり、指先がわかるほどに冷たくなっていた。
その少年のもとへ吸い寄せられるように一歩を踏み出したとき、はっと我に返り、グウィディウスは近くの木に馬を繋いだ。
見つからないよう気を配ったものの、辺りは広大すぎて、グウィディウス一人の歩みなどまったく目立たなかった。
やすやすと、少年を近く眺める場所までやってこれた。
少年は、牛の身体をブラシでかいてやり、傍らにいる山羊を撫で、草を食ます。そして、だんだんと昇ってくる朝日をしばらく向いていたが、やがて小屋の中に牛を連れて入った。
茫然と、そこに立ち尽くしていたグウィディウスは、後ろからの気配に全く気付くことができないでいた。
草をかき分ける人為的な音がしたかと思うと、声をかけられる。
いつの間にか、ペスロもここを見つけたようだった。
「……あれは、ガレベーラ様ですか」
振り返りもせず、肯定も否定もしなかった。
色の褪せた粗末な服を着て、瞳の色も髪の色も遠くてわからない。
デヴンが言ったように帽子をかぶり、長い前髪のせいで顔も、その表情も窺うことはできなかったが、小さな頬は黒く汚れていた。
しかし、グウィディウスは、その姿かたちを彼女のものだと確信していた。
今のガレベーラをグウィディウスは知らない。
何があったのかもわからない。
けれど、ガレベーラは牛や山羊と、喜びの朝を迎えているように見えた。
新しい陽を浴びるように、朝日に向かい、「朝が来たよ」と、おそらく笑って、語りかけているに違いないと思った。
少なくとも、グウィディウスの知るガレベーラは、そういう令嬢だった。
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