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少年は、すでに宿屋の前を通り過ぎていて、行く方向からして、すでに帰り道のようだ。
しばらく、その後ろ姿を離れたところから追いかけた。
細い身体で、ゆっくり、ゆっくりと進んでいく遅い歩みが痛々しい。
彼が彼女であってほしいような、あってほしくないような、天秤は傾きを決めかねている。
知と美と兼ね備え、さらには王家の血をも引く奇跡の令嬢が牛飼いになった。
重い荷車を引くのが、かのガレベーラなのだとしたら、この三年の間に彼女に起こった不幸や不遇は察するに余りある。
馬で駆けても距離のあった長い道のりを当然のことながら歩いて帰るらしい。
グウィディウスは意を決し、辺りに家がなくなるのを待った。
道に二人だけになってから、とぼとぼと足を進める少年に速足で追いつく。
そして、声をかけた。
「重くは、ありませんか」
まず、少年は他人が近くにいたことに驚いたようだった。
そして次に、声をかけた人物が誰であるかわかると、これ以上ないくらいに目を見開いた。
その時、ようやくグウィディウスはその顔を間近で見た。
見えた瞳は、やはりなのか、まさかなのか、想像どおりのアイスブルーだった。探し求めた色だった。
グウィディウスの瞳に、涙が滲む。
髪のかたちも身に着けている服も、グウィディウスが知るものとはあまりに違ったが、確かにガレベーラではあった。
突然のことに言葉が出ないのか、あからさまにうろたえているガレベーラは、言葉にならない声をかすかに口からこぼした。
ややあってよろめきながら、軛を地面に置き、平民が貴族にするように両膝をついて頭を下げた。
「い、いえ……平気です」
「顔をあげて」
グウィディウスはそう言ったが、ガレベーラは地面を睨んだ格好のまま動かない。
「名前は?」
ガレベーラは名乗るまでに長い時間かけた。
そして言ったのは、「ギー」という名だった。
「そう。ギー、か。僕はグウィディウス」
そう言うだけで、グウィディウスは抱きしめることはしなかった。
「大変そうだ。手伝うよ」
大げさに腕まくりをしてみせても、ギーは何も言わなかった。
いいともだめだとも言わなかったので、グウィディウスは横から押して、力添えする。
車の車輪がぎしぎしと軋んだ音を鳴らして、ゆっくりと進み出す。
牧歌的な風景が夕焼け色に包まれる。
軛を持つギーの手に、ぽたぽたと涙が零れているのをグウィディウスは気づかないふりをしたが、自分の頬にも同じそれが静かに流れていた。
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