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4.牛飼い姫
「ギー! 一杯くれ!」
男に呼び止められ、ガレベーラは足を止めた。
差し出した水差しを受け取って、樽の中の牛の乳をすくう。
「うちのやつ、もうすぐ子供が生まれるんだ。栄養つけてやろうと思ってな」
そんな話を聞いたからには、なみなみと注がずにはいられない。
産後の牛からしか取れない乳は貴重だ。
一すくいの金で、二倍の量を入れてやる。
このくらいの勝手は許されるだろう。
「おお、悪いな。ありがてえ。礼にこれ持っていけ」
そう言って、籠いっぱいの林檎が荷車に載せられた。
「ありがとうございます」
小さな声でそう言って、ガレベーラは頭を下げる。深々と、何度も下げる。
村人との会話は最低限に控えている。
教会の神父に、まるで青年の声ではないと言われたからだ。
この村で、ガレベーラはギーと名乗り、女であることを隠して暮らしていた。
もっとも、見た目が青年ではなく、子どもでも通るくらいの体格なので、かん高い声であっても構わないと言えばそうなのだが。
それでも、極力喋らない。
神父は、ガレベーラの声の小鳥のさえずりのようだと言った。
かつて、似た例えをくれた人がいた。
ガレベーラの声は、美しい小鳥が踊りながら歌っているようだ、と。
しかし、それも遠い、昔の話だ。
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