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「重くは、ありませんか」
突然にかけられた声に驚き、その声色にもっと驚いた。
なぜ、どうして、とは思わなかった。
すぐに、あのときの騎士団だ、と思い当たった。
なぜなら、グウィディウスは、あの夜に懐かしい思いで見た騎士団の制服を着ていたからだ。
理由はわからなかったが、おそらくあの時の騎士にガレベーラだと気づかれて、王宮へ報告がなされたのだろう。
グウィディウスがなぜ騎士団の格好をしているのか。そんな格好で何をしに来たのか。
連れ戻しに来たのか、助けに来てくれたのか。
どちらにせよ、昔のようには戻れない。
昔のガレベーラを知るグウィディウスの瞳には、今のガレベーラはどんなふうに映るのだろう。
鏡も長い間見ていない。髪も梳かしていないどころか、櫛さえ持っていない。そもそも淑女たらん長ささえない。
ドレスも扇も、紅も、香油も。
ガレベーラが貧しくなって久しいが、美しくありたいと思う気持ちがなくなってしまったわけではないのだ。
こんな姿をグウィディウスに見られるのはつらかった。
グウィディウスと叶える夢は、もうずっと昔に諦めてしまっている。再び望もうとしたこともない。
ガレベーラが願うことと大切にしたいものは、今の暮らしの延長にある。
リズの村にあった貧しいけれど平穏な生活。それがまた、壊れていくのは絶望に近かった。
一体どうなれば、ガレベーラは落ち着いた暮らしができるのか。もはや、そう願う事さえ許されないのか。
グウィディウスはしかし、悪あがきだとは知りながら違う名を名乗ったガレベーラに、ガレベーラであることを強要しなかった。
まるで、ギーとグウィディウスはその日、初めて出会ったかのように。
再会でも邂逅でもなく、公子と令嬢でもなく、男と女でもない、ただのギーとグウィディウスかのように。
それなのに、『ギー』もグウィディウスも、なぜか涙を流し続けていた。
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