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仕事の始末を終えて、ガレベーラは井戸で顔を洗った。
何度もこすって、洗う。
気温は下がり始めていたし、井戸の水は冷えていたが、それで髪も洗った。
わしゃわしゃと乱暴に洗う様はまるで淑女とは程遠い。
白いと言われる頬が、高貴だと言われる銀の髪が知られないように、ガレベーラがすすを顔や頭にこすりつけるのが日常になっていた。
きっと、思っている以上に、ひどい見かけだったに違いない。
「ギー!」と呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「ああ、イオ」
坂をすごい勢いで駆けてきたかと思うと、あっという間にガレベーラの小屋の前までやってきた。
かと思えば、転がるようにその場で仰向けで大の字に寝て、肩で息をしている。
「ギー……、よ、かった……」
呼吸がままならず、言葉にならないようだ。
陽は暮れかけている。こんな時間に珍しいし、そもそもこんな村の外れにまでやってくることはあまりない。
「どうかした? 慌てて」
やがて起き上がったイオは、井戸の水をがぶがぶと飲んで落ち着くと、
「宿に騎士様が泊ってるらしいんだけど、知ってるか?」
「……うーん、さあ、どうだったかな」
あからさまに歯切れの悪い返事だったにもかかわらず、ましてや聞いておきながら、イオはガラベーラの答えはどうでもいいようだった。
「それがさ、その騎士様がギーのことを村で聞きまわってるみたいでさ。神父様も聞かれたって言ってて。心配になって来てみたんだ」
「そ、そうなんだ? えっと、ありがとう」
「もし、買われたら行くのか? 男だぞ? どこぞの金持ちの奥様ならまだしも、いいのかよ、男の相手で」
「え? ああ……」
ガレベーラはイオの言わんとしていることがわかって、思わず笑った。
貴族の人間が金で春を買おうとするのは普通のことであるし、体のいい奴隷として、気に入ったみてくれの者を愛玩用として傍に置きたがるのも日常的に行われている。
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