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一年の終わりは、西都に最大の市がたつ。
西都だけでは宿が足りなくなり、少し遠いがこのリビにも、あぶれた客が長く滞在する。
おかげで、ガレベーラとイオは、この時期になると宿屋の手伝いに毎日駆り出されるのだ。
今回宿泊する隊商は大人数で、店にあるだけの酒を飲み、店のものすべてを食べつくす勢いで、毎晩が祭り騒ぎだった。
皿洗いも給仕も、仕事が追い付かない。
「おい」
てんてこまいのガレベーラの腕をつかむ男がいた。
酒で顔を赤くした小太りの男は、金回りのよさそうな身なりで、この隊商の長である。
「お前、名はなんてんだ?」
ガレベーラは身を固くして、言いよどんだ。
隊商長の目に、明らかに醜い欲情の色が浮かんでいた。
「ここの使用人か?」
小さく首を振る。掴まれている腕が痛い。
ねっとりと上から下まで舐めるような視線にさらされてから、赤黒い顔をゆがませた下卑た笑いと共に、
「昨日も思ったんだがな、瞳の色も、髪の色もいいときた。連れて歩くには最高級品だ。あとで高値をつけて貴族に売ってもいいしなぁ」
「ギー! 騎士にはふられたんだろ? いい機会じゃないか!」
それを聞いた酒を飲みに来ていた村人が大声で笑う。
隊商長は眉をぴくりと動かし、
「騎士?」
「ああ、なに、こいつは前に他の手が付きそうだったんでさぁ。それが、王都の騎士様ときたもんだから、ダンナ、拾いもんですぜ」
「へえ! 貴族の目にも留まるとは上玉って証だ。こんなところでお宝に出会えるとは! 決めたぞ。ここを発つ時、連れて……ぎゃあ! おい、てめえ! 何すんだ!」
隊商長がいきなり叫んで立ち上がる。イオが運んでいた酒をぶちまけたのだ。
「すみません! すみません!」
イオは何度も謝り、布巾で隊商長の濡れた服を拭く傍らで、ガレベーラに目配せを寄こす。
宿屋の主人も駆けつけてきて、イオと一緒に謝ったかと思うと、ガレベーラを厨房に逃がす手伝いをしてくれた。
厨房の奥に逃げ込んだガレベーラは小さく震えた。
ガレベーラはあらゆることに、無力だった。
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