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「ああ、トーロ夫人、ありがたいこと……。想像以上だわ」
ガレベーラは涙を流した。
「ラナンに案内してもらって階段下も見に行ったよ」
そこには、ガレベーラの書き残した手本が残っていた。
紙とペンを手に入れることは難しく、破れた新聞紙の余白に、枝の先に炭の粉をつけて書いたと言った。
文字のほかに、単語もいくつかあった。
ラナン、ペルラ、ガレ。
ありがとうございます、ごめんなさい、ごきげんよう、おやすみなさい、あいしてる。
それらは、確かに、美しいガレベーラの手蹟だった。
「……王都では辛いことも多かったけれど、寂しくはなかったわ。むしろ、今日まで来られたのもあの日々があったから。幸せの大小は豊かさや貧しさの問題ではないと知ったわ」
「理屈では分かっていても、それを肌で理解するのはなかなかできることじゃない」
「トーロ夫人にはわたくしも何度もパンを頂いたのよ。さすがにお屋敷には入る勇気はなくて、ラナンがもらってくれてきたものだけれど」
「トーロ夫人には、色々と驚かされた」
「貴族のお屋敷で施しをして下さったのはトーロ夫人だけよ」
「最初は友人令嬢を頼ったそうだね」
「……思い出したくない過去だわ」
「貴族は、都合に合わせて他人に過関心であり、無関心にもなるからね。身分を笠を着て、私利私欲のため、虚栄心を満たすためだけに存在している。ろくでもない者ばかりだ」
「そう決めつけるのは早計よ。でも、人を見かけで判断することはしてはいけないわね。見かけの話だけではないわ。生まれや育ち、身分で卑しいと決めつけるもの問題よ。高貴だから、身分が高いから、素晴らしい人間とは言いがたい」
「ああ、その通りだ」
「かつて公女だった頃のわたくしは、わかったつもりでいただけで、実際は何もわかっていなかった。今思えばおかしいほどに、あの頃のわたくしは見紛うことなきちゃんと『貴族』だったわ。貧しい者へ、してあげた気になって、感謝を額面通りに受け取って。傲慢で愚かだった」
「……孤児院の院長が、とても悔いておられた」
「いいえ、院長にはよくして頂いたわ。わたくしが何も現状を知らなかっただけよ」
ガレベーラは祈るように、悲痛な顔になった。
「大丈夫だ。君は生きている。……元気で、たくましく、美しく、生きている。院長もご安心なさるだろう」
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