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「ガレ……、王都に帰ろう」
グウィディウスの腕に開放を求めて、ガレベーラはゆっくりを首を振った。
「ありがとう。でも、帰るところなんてない。もう、わたくしは、泥水を飲んでしまった。令嬢には戻れない」
「そんなことはない! それに……、王都にいる兄妹を迎えに行くために、ギーは頑張っていたと聞いた。二人に会いたいくはないの?」
少しだけガレベーラの気持ちが揺れる。
それでも、王都はもはや遠い夢のような場所だ。
リビでの暮らしは、ラナンやペルラのためであったことは確かだが、今になって思うと、二人の存在は幻のように儚くもあった。馬車で迎えに行くことも共に暮らすことも、現実的には手に届かないとはわかっていた。
「……あの子たちが今、あなたのもとで健やかであるなら、もう十分すぎるわ」
グウィディウスは軽くため息をついた。
「わかった。君がそれほどにリビが好きで、リビの村に残りたいというのなら、僕も移住しよう」
「グウィディウス!?」
「騎士団もやめて、村で仕事を探すよ。僕みたいな者に、働ける場所があるかどうかわからないけれど」
「ばかなことを言わないで!」
「……それとも、階級社会ってやつは、ギーを労働力として、僕に買わせることもできる。……そんな真似をしても?」
「ひどい……」
その時、扉が叩かれ、「グウィディウス様」と外からペスロの控えめな声がかかる。
グウィディウスは小さく悪態をつくと、長い瞬きをした。
それまで感情的だったグウィディウスの顔が、いつもの表情に戻った。
「ガレベーラ、悪いんだけれど、今日の僕はあまり時間がない。実は、王都を飛び出してきたようなものなんだ」
ガレベーラは、そこでようやく気づく。
「……もしかして隊商の?」
「ああ。間に合ってよかった。神父様とイオに、ガレベーラに何かあれば知らせるように頼んでいた。気を悪くしないでほしい。それに、人を雇って、定期的に君の様子を見に行かせていたことも」
「そう……。神父さまも、ご存じなのね。わたくしのこと……」
「すまない。けれど、詳しい素性までは伝えていないよ」
「いいえ。心配をかけていたのね。むしろ、謝らないといけないのはわたくしだわ」
「謝ることなどない。……でも、ガレが王都に来てくれると、正直、安心出来るよ」
急がなければならないというので、グウィディウスとは西都で別れることになった。
別の部下と共に先に王都へ戻り、ガレベーラはまた、ペスロの馬でリビに送ってもらう。
「やっぱりやけるな。少しだけれどね」
グウィディウスは苦笑まじりに言った。
ガレベーラは、昔もグウィディウスの側にいたペスロの存在を思い出していた。どこかの貴族の子息だったはずだ。
帰り道も、ペスロとの間に会話はなかった。
しかし、リビでガレベーラを馬から降ろすと、
「グウィディウス様は、本当に、文字通り、寝る間も惜しんで、あなた様をお探しになられていました……」
そう言い残して、また遠い王都へ戻っていった。
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