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「この子はニホ、あっちがウルとパロ、山羊のこの子はサミと言うの。いい子でね。元気で」
ガレベーラはありったけの草を食まし、それぞれ思いきり撫でてやった。
「入ってもいいかな。一人住まいのレディの家に入れろなんて、不躾にもほどがあるけど」
「お茶もお菓子もないわ。構わないかしら」
しかし、小屋に入ったグウィディウスは、言葉を失っているようだった。
ガレベーラはかすかに笑みをこぼす。恥ずかしくはあったが、自嘲ではない。この小屋に対してあるのは感謝ばかりだ。
「これでも、わたくしにはお城だったのよ。ここに住んでよいと言われて、涙が出るほど嬉しかったわ。雨も雪も凌いでくれたもの。風の日はちょっぴり寒かったけれど」
「これが寝台?」
「ええ、藁のベッドよ。寝心地の良さといったら、王宮の寝室にだって負けてはいないんだから」
グウィディウスは目の淵を赤くして、「ほかに荷物は?」と尋ねた。
ガレベーラは首を振る。
リビで増えたものは本が三冊。
荷物は、三年前、王都を出た時と変わらない。ラナンが持たせてくれた袋だけだ。
「ちょっと待ちなさいよ! なによ! し、信じられない……!」
カシアは顔を真っ赤にしていた。
屋敷の主人たちには昨日のうちに挨拶と礼は済ませてあったが、カシアはその場にいなかった。
グウィディウスが、馬で迎えに来たところを目ざとく見つけたようだ。
乗って帰る馬車は、目立つので村はずれに停めてもらったのだが。
グウィディウスの準備が整うまでのひと月あまりは、またあのぼろ着を着ていたが、今日は西都で用意されたワンピースを着ていた。
今から王都に向かうにはとうていふさわしいとは言えない、下働きの女性並みの服装だし、髪は短いままだ。
しかし、カシアはそれですら気に食わないようだった。
「カシア様、お世話になりました。女であることを黙ってて下さって助かりました」
「そのお方、誰なのよ……!」
「私は、彼女の元婚約者です」
ガレベーラを背に庇うように、グウィディウスが前に立つ。
「もしかして、王都の……? ギー、あ、あんた、一体……何者!? あたしをだましてたの!?」
「ちが……」
「彼女の名は、ガレベーラ・カトル」
グウィディウスは、これ以上なく誇らしげに言った。
カシアの顔つきが変わる。
「……カトル、ですって? まさか……」
「……と言っても、このひとがまだ公女だった頃の名だけれどね」
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