第一話  厳家のお世継ぎ

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 第一章  銀河君のお披露目  1・    半年前。  その厳家が原因で。  セイラと恒星との間に、ひと悶着起きた。銀河君の子育て論をめぐって、セイラと恒星が激しく対立したのだ。  それは寝室を別にするという騒動にまで発展した、久しぶりの激しい夫婦喧嘩だった。  カナダ華僑の厳家の誰もがその前に首を垂れる当主であり、世界的に名の知れた大富豪の恒星は、誰ひとり逆らうモノのないお殿様暮らしが長かったせいか、あるいはただ単に彼の性格か。又はその両方の弊害とでも言う冪だろうか。自分の決定は絶対だと信じている節がある。唯我独尊、皆が恐れる厳グループの皇帝にありがちな、侮れない特徴だった。  それが発動したのは。銀河君が産まれて、一週間ほど経ったある日の事だった。その朝のセイラは、銀河君への授乳を済ませてホッと一息ついたばかり。慣れぬ子育てはまだ始まったばかりだ。  新米ママは必死だった。  そんなセイラの元に、恒星がいきなり銀河君の乳母だと言って、三十代半ばの中国系の女性を連れて来たのである。恒星はカノジョを、厳家の遠縁にあたる中国系カナダ人で、優秀な看護師だと紹介した。  「銀河の乳母だ。名前は叙杏里」  「銀河の世話は彼女に任せて、君は産後の回復に専念しなさい」  笑顔でセイラを抱き寄せると、一方的な命令を優しい声で言い渡したのである。  初耳な話だ!  恒星のその言葉を聞いた瞬間に、セイラの中に暫く眠っていた闘争心が目を覚ました。  「突然に何を言うのよッ!」  「銀河はアタシのお乳を飲んで、アタシに抱かれて育つのよ。何をかってなことを言ってるのッ」  ハッシと恒星を睨み付け、乳母の存在を敢然と拒否。  だが恒星も負けてはいなかった。  セイラの睨みを撥ね退けると、「乳母に育てさせるのは厳家の伝統だ。君は当主の妻なんだから、黙って従いたまえ」と、堂々と聞捨て為らない意見を吐いたのである!  二人は激しく睨み合った。  ココでチョットでも甘い顔を見せて引き下がれば、一気に恒星に攻め滅ばされると。セイラは経験から知っている。  「負けてなるものかッ!」  闘争心がムクムクと湧きあがった。セイラは真っ向から、恒星の申し出を拒否。  セイラの反逆に、恒星は戸惑いを隠せなかった。本音を言えば・・一日でも早く、セイラを彼のベッドに取り戻したい。その為に考えついた一手が、乳母だったのだ。  「君も子育ては初めてだろう。手伝ってくれる乳母は必要だよ」、優しく抱き寄せて。耳元で囁いても見たし、手を変え品を変えて説得したが、結果は惨憺たるものだった。
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