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独りでに浮いている赤提灯。目が一つしかない僧侶。足一本で器用に歩いている和傘。とても美しい着物を着ている顔のパーツが一つもない女。耳元まで口の裂けている女。甲冑を身に纏っていて数本の矢が刺さっている男。その他にも魑魅魍魎が楽器の音に合わせて歌い踊っている。
集団は私のことなど見えていないかのように、ぞろぞろと目の前を通り過ぎて階段を下り、村の方へと進んで行く。
集団の先頭にいた赤提灯が見えなくなった頃、他とはまるで違う雰囲気を纏った、被衣を深く被った少女が歩いてきた。
「ニャー」
後ろ足だけで器用に歩く狐を二匹連れている少女は、被衣を深く被っているせいか顔がほとんど見えない。
「ニャー。ニャー!」
集団は次々と階段を下りていく。
――私に気付いてくれないかもしれない。
少女との距離か近付くのに比例して体が前のめりになり、チリンというお気に入りの鈴の音と共に腰が浮いた。
「ニャー……」
陽気な楽器の音とは正反対の声は虚しくかき消された。
誰も私のことなど見ない。いる『世界』が違うから? そんなことが頭に浮かぶ。
いやだ。いやだ。いやだ!!
手を伸ばせば届きそうな距離。目と鼻の先に彼女はいるのに……。
僅かに動いた口からはもう何の音も出ず、私は足元を見つめることしか出来なかった。
「ごめんね」
さっきまで騒がしかった陽気な楽器の音がピタリと止まった。
時が止まったかのように誰も動かなくなり、水を打ったように辺りは静まり返った。聞き間違えるはずのない少女の声で。
「ごめんね」
お気に入りの鈴の音に似た少女の声が言葉を紡いだ。
「私の、せい……だよね。私のせい! ……なんだよね」
鳥居を潜り、階段を下り始める一歩手前。
集団は我関せずとでも言うように、音楽が止まった時の姿勢のままピクリとも動かない、そんな中で、少女の後ろにいる狐たちだけが私の方を睨むような目付きで見下ろしている。
「もう、いいんだよ。もう……いいの。ごめんね。私のせいで。ごめんなさい」
独り言のように呟き、自分を責め続ける少女を、私は見つめることしか出来なかった。被衣の隙間から少し覗き込むと、少女はどこを見ているのかわからないような表情をしていた。
まるで今から結婚式にでも行ってしまうかのような真っ白な着物と化粧。なのに、少女の表情はお祝い事に参加する人の表情から少しずつかけ離れていく。
「私が、悪かったのかな。そうだよね。私が悪かったんだよね。私が、悪い子だったから……。こんな事になったんだよね。あなたまで巻き込んで……」
「……ニャー」
「ごめんね。ごめんね。もう、いいんだよ。もういいの。あなたとは、もう遊べないの……。ごめんね。約束したのに、守れなかったのは私の方だから。もう、自由になっていいの。私との約束なんて、覚えてなくていいの。忘れてくれていいの。私のことなんて……。もう、待っててくれなくて、いいの……」
少女は言い終わると耐え切れなくなったのか、手で顔を覆い隠し、その場にしゃがみ込んでしまった。そんな少女の動きと共に楽器の音や歌が再開し、妖怪たちは何事も無かったかのように動き出した。
動き出した集団は、そこに少女がいないとでも言うかのように追い越し、階段を下り村の方へと進んで行く。私は何も出来ず、蹲って泣いている少女と、その後ろで表情の無いま立っている二匹の狐を見つめる事しか出来なかった。
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