夜のとばりで

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 翌日授業が終わり、僕は下校するためにいつも通り正門から出るところだ、駅を目指す為に。 「こらっ、勝手に帰るな!」  例の脇坂さんの声だ、少し遠くから聴こえる。僕は後ろからのその声に構わずに門を抜けた。 「無視するなぁー!」  僕に向けられてる彼女の声を聞いてか、同じく下校する他の生徒達の視線を感じた。周りから見ても、彼女が明らかに僕に向かって走って来てるのが分かるらしい。 「なんで勝手に帰っちゃうかな!」  息を切らしながら彼女は僕の前まで来て、すかさず僕の手を取った。 「なっ、何すんの?」  僕は咄嗟に彼女の手をふりほどく。 「一緒に帰るんでしょうが、あの駅まで」  彼女は人差し指を駅の方に向けて言った。背は僕と同じくらいだから、その指先はちゃんと駅を指して僕の視線にぴったりはまる。 「でも、手をつかむことはないでしょ」 「駅まで帰宅部の活動、ルールその1! 手を繋いで帰るべし!」  今度は人差し指を空に向けて、前歯を見せるくらい満面の笑顔で言った。 「なに? その謎ルールは」 「恋人っぽく手を繋いで帰るのよ」 「サヨナラ」 「ちょっと! なんで行くの!?」 「聞いてないし、手を繋ぎたくないし、そもそも『駅まで帰宅部』なんて入った覚えはない」  こういう面倒なことはごめんだ、本当に。 「君ね、女子が手を繋いでって言ってるんだからここは素直に繋ぐべきだよ」 「だからなんで、繋がなきゃ行けないの?」 「お願い、手繋いで帰って!駅までで良いから」  彼女の様子が急におかしくなった。顔を強ばらせて、焦っているようにも見える。僕の腕を両腕でしがみつくように掴んで離さない。 「あれ? 玲美(れみ)、その人が噂の彼氏?」  僕の隣の彼女のさらに横に、いつの間にか、別の高校の制服を着た女子高生が現れた。 「そ、そうよ! 私の彼氏よ、あんたとは違うって言ったでしょ」 「へぇー、本当だったんだ。ウソかと思ったよ」 「私のことはこれで証明できたでしょ!」  彼女はますます僕の腕を彼女自身の体に引き寄せるように引っ張った。 「じゃあ、キスしなさいよ二人、私の前で」  その言葉に僕はドキリとしたが、その子の声は泣き出しそうな上擦った声だった。表情は少しムキになっているように見える。 「え? あんた何言ってんの? ……そ、それは」 「なに? 付き合ってるのに出来ないの?」 「それは僕たちまだ付き合って間もないからね。それに君が誰かは知らないけど、どのみち指図される筋合いはないね」 「ま、まぁいいわ、じゃあまたね玲美」  その女子高生は、駅の方には行かず駅を背にして反対側の大通りに消えていった。 「ベェーだ!」  舌を出しながら脇坂玲美は、かの女子高生の去った方向に向かって言った。 「ありがとう! 話を合わせてくれて、助かったよ!」 「……身勝手だね、君は」 「え? やっぱり、怒ってる?」 「いいや、君という人間が良く分かったよ」 「ごめんね! ちょっと、これには色々事情があってさ」 「さようなら」  僕は彼女を置き去りにし、足早に駅の階段を登った。  改札を抜けてホームに降りると、丁度電車がホームに入ってきた。電車に乗り込むと空いてる席に腰を掛けて眼を閉じる。  そして、何故か瞼の裏には、僕の気持ちを逆撫でした彼女の姿が浮かんだ。
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