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「お父さん、お母さん、お帰りなさい」
「おー! 我が可愛い息子よ!」
お父さんは爽やかに、僕の前で両手を広げて包容を求めている。僕はいつものことだと気にせず続けた。
「あのさ、話、というよりお願いがあるんだ。いや、大したことじゃないんだけど」
お母さんは僕の真剣な様子に、まじまじと見てくる。
「……ちょっと今日、家出してみても良い?」
「な、急に何言い出すの?」
「どうした? 学校で何かあったのか?」
「いや、単純に家出ってどんな感じなのかな? って」
さっき思い立ったことが家出とは、我ながら安易と思いつつも、動き出したい衝動に駈られていた。
「そうか……分かった良いよ、家出してみな。ただしホテルには泊まれよ」
「ちょっと、あなた!」
「一也がやりたいって言うんだから良いんじゃないか? 一也にとってはそういう冒険したいと思うのは初めてかもしれないな、しかもこんな夜だっていうのに」
お母さんもお父さんの自由な性格を把握しきっているから、半ば呆れ気味に折れた。僕はすぐに駅前にあるビジネスホテルを自分で予約して、夕食を済ますと1人でホテルに向かった。
家からホテルまでの道はいつもの通学路と同じだから慣れていた。また、駅前までは徒歩10分以内の距離だから、僕にとっては親に特に送ってもらう必要も無かった。
そのホテルでは、高校生は保護者の同意書がないと泊まれないから、お父さんに同意書を書いてもらった。果たしてこれは本当に家出なんだろうか?と思いながらもフロントで無事にチェックインを済ませた。
部屋入って少し落ち着く。1人掛けのソファーでゆっくりしていると突然スマホが鳴っり、通知を確認するとあのremiの4文字が僕の目に飛び込んできた。
〈あの今、私、駅前にいるんだけど。もしかして加藤君、駅前のビジネスホテルにいる? さき、入るとこちょっと見かけちゃったんだよね〉
まさか、見られてたんだと思った。でも、なんで彼女こそこんな時間に駅前にいるのだろうか。デスクに置いてある時計は21時を過ぎていた。
〈うん、いるよ〉
〈今から会えないかな? 私、君に今会ってお詫びしたくて〉
〈分かった、いいよ。今から外に出るね〉
外に出ると街は夜のとばりに包まれていた。
駅前とはいえ、辺りは落ち着いていて思いの外静かだ。ホテルの前は大通りになってはいるが、昼間と違ってこの時間になると人通りは少ないようだ。初めてこの時間に駅前にいるから街路樹と一緒に並ぶ街灯も、僕の目には幻想的に写る。
彼女は一本先の街路樹の下のところで僕の方を向いて立っていた。桜の樹はすっかり葉桜になっているはずだが、流石に街灯だけではこの漆黒は、全て照らし返せていない。
「や、加藤君、ごめんね。なんかプライベートな時に」
「いいよ、たまたまだったんでしょ? それより脇坂さん家こっちの方だっけ?」
「んーん、家は隣の学校の駅からの方が近いよ。第一、学校から歩いて帰った方が近いから」
「じゃあなんでここに?」
「今日のあの子ね……マナミっていうんだけど、実は私の幼馴染みなんだよね」
「そう……」
「っで、この前ちょっとしたことでマナミとケンカしてさ、ついカッとなって『私彼氏出来たよ! あんたと違ってモテるんだよ』なんてマウント取っちゃって」
「でも、実は彼氏はいないから、帰宅部って名目で僕に声かけて、彼氏に仕立てたってこと?」
「ん、本当にごめん。マナミとは仲が良すぎるせいか、ムキになっちゃって」
その彼女の姿が、街灯の明かりに照らされ、夜の街の中でキラキラと輝いて見える。
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