5人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜、俺は川島を連れてバーへと足を運んだ。
「マスター、久し振り」
「いらっしゃい……って、あら! 冬ちゃん、久し振りじゃない! なーに? 隣の子、彼女?」
見た目は普通のバーテンダー。なのに、話す言葉は女言葉。これがこの人のいわゆる通常運転――相変わらず――だ。
「そんなんじゃないよ。大学の同級生」
「初めまして! 川島美奈です!」
「初めまして、美奈ちゃんっていうのね。カウンター空いているから、そこに並んで座って」
言われた場所に川島と座り、メニュー表を見る。
「どれにしようかな。冬弥くんは決まった?」
「俺? じゃあ、マティーニで」
「冬ちゃんは『カクテルの王様』ね。美奈ちゃんは甘いお酒の方が好きなのかしら?」
「はい、辛いのはちょっと……私はカルーアミルクにしようかな」
「あら、女の子らしくていいわね。じゃあ、早速」
マスターがカクテルを作っている間、川島は興味津々な様子で店内を見回していた。無理もない。オカマのバーテンダーがカクテルを作っている光景もそうだが、店内の奥には……。
「ねぇ、あそこ……マイクのスタンドとドラムセットが置いてあるけど。何かのステージ?」
川島の指さす先に俺は視線を移した。
「ああ、ここ、ライブハウスも兼ねているんだよ」
「ライブハウス?!」
すると、俺たちの会話にマスターも入ってきた。
「冬ちゃん、高校の時からここに来てくれていたわよね」
「高校って……まさか未成年で飲酒?!」
川島が素っ頓狂な声を上げる。
「そうじゃねーよ。ライブで来ていたんだ。高校の時、バンド組んでいて、けど、どこもわりと使用料が高くて。先輩の伝手でここを紹介してもらった。マスターのおかげだよ。無償で場所を貸してくれるところなんてまずないから」
「冬弥くん、バンドやってたんだ……何の楽器?」
「ギター」
「ギター?! すごいなぁ」
「すごくはねーよ。弾ける奴なんて、その辺にいくらでもいるよ」
「いいじゃない。私なんて、何も楽器弾けないし」
川島はハリセンボンのように頬を膨らませた。
「はい、お待たせ。マティーニとカルーアミルクね」
置かれたグラスをゆっくり傾ける。店内の明かりに照らされ、グラスには隣にいる川島の顔が映りこんだ。
「甘くておいしい」
グラスを片手に持ち、機嫌の良い様子だ。
俺がマティーニを半分以上飲んだころ、ドアについていたベルが鳴る。
最初のコメントを投稿しよう!