「傾慕。」

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西園寺家の専属庭師になったのは十八歳の時、ちょうど二年前のこと。 元は父が専属で働いていたが、その父が他界してすぐ、見習いをしていた僕がそのまま後を継いだのだ。 雇い主である月彦様とは、見習いを始める前から交流があった。 我儘だった幼き僕がよく無理矢理、父の仕事に着いて行っていたからだ。 そんなどうしようもない子供に対して、月彦様は嫌な顔一つせず、どんな時でも温かく迎え入れてくれた。 最初は父の仕事が見たくて着いて行っていたはずが、いつしか月彦様に逢う為だけに西園寺家へ通うようになっていた。 そう僕は思い出せない程に昔から、月彦様をお慕いしている。 「あの、月彦様...」 「なんだい?」 蝉の声を聴きながら仕事をしていると背中に視線を感じ、首だけで少し振り返り後ろを盗み見ると、月彦様が縁側に座ってじっと此方を見つめていた。 よくこうして、作業をただ黙って眺めていることがある。 脚立を降りて振り向き僕が名前を呼ぶと、月彦様はにっこりと微笑んだ。 「そんなに見られていては集中できません..」 「危なくないか見守っていただけだよ。」 「いつも言ってますけど、僕はもう小さな子供じゃないんですからね!」 「ふふ、そうだったね。」 やめて欲しいと遠回しに伝えるも、冗談で交わされてしまう。 僕だって二十歳になったというのに、いつまでも子供扱いしてくるのだ。 こんなにもずっと想っているのに、まるで相手にされていないのが分かる。 三十歳以上離れているから、仕方がないことなのかもしれないけれど。 それでもやっぱり少しムッとして文句を言っても、月彦様は楽しそうに笑うだけ。 「お茶にしようか。淹れてくるよ。」 「あ、はい。手伝えることはありますか?」 「すぐ戻るよ。座ってて。」 よいしょ、っと小声で呟きながら月彦様は立ち上がった。 何かやれることがあればと思い訊いてみたが、特に必要はなかったようだ。 ひらひらと手を振って、月彦様は家の奥にある台所へと行ってしまった。 姿が見えなくなったのを確認して縁側に座り、先程まで月彦様が座っていた場所にそっと手を置いた。 本当は直接触れたいと思っているも、その願いは叶いそうになく、こういう風にしか温もりを知ることが出来ない。 「お待たせ。どうぞ。」 「ありがとうございます。」 暫くして、二つの湯呑みと茶菓子を載せたお盆を持って月彦様が縁側へ戻ってきた。 しゃがんでお盆を僕の側に置くと、そのままお盆の隣に月彦様も座った。 「本当に立派になったね、千鶴。」 「え、いや、そんな..っ」 湯呑みを取り一口お茶を啜ると、庭を眺めながら月彦様はしみじみと呟いた。 同じようにお茶を啜ろうとしていた僕は、突然褒められたことに驚いて危うく湯呑みを落とすところだった。 此処の庭には父や月彦様との思い出が詰まっていて、僕にとって特別な場所だ。 まだとても父の技術には追い付けないけれど、それでも後を継がせてくれたことを嬉しく思う。 期待に答えられるように、常に丁寧な仕事を心掛けている。 「..っけほ、げほ..」 「大丈夫ですか..?」 「ん、噎せただけだよ。」 一瞬辛そうに眉を顰めた月彦様は、小さく咳をした。 風邪を引いてしまったのかと思い心配すると、なんてことないように笑って返された。 この時の僕は疑うことなく、本当にそうなのだと信じきっていた。
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