「傾慕。」

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意識が戻らないまま、どれくらいの時間が経ったのだろう。 ふと気付けば、いつの間にか部屋に光が差し込み明るくなり始めていた。 まだ顔色は悪く熱も残っているけれど、縁側で発見した時のような咳はなく今は落ち着いている。 この様子ならもうじき起きるかもしれない、そう考えてすぐのこと。 瞼を閉ざしたまま少し眩しそうに顔を顰めた後、月彦様はゆっくりと目を開けた。 「月彦様..!」 身を乗り出し思わず叫ぶような声で呼ぶと、月彦様の目線がゆるりと此方へ向いた。 目を覚ましてくれたことに、ホッと安堵の胸を撫で下ろす。 「どうして、此処に..?」 「..!勝手に上がって申し訳ありません。昨夜の電話越しに聞こえた咳が気になって、来てみたら縁側で倒れていらっしゃったので..」 困惑した様子で事情を訊かれ、そこで許可なく此処に居ることを思い出した。 慌てて一歩後ろに下がり体勢を整えると、まずは謝罪をしてから昨夜あった出来事について説明をした。 すると月彦様がヒクリと口元を引き攣らせたような気がした。 「それと、あの..血を吐いていました..」 「..見られてしまったんだね。」 話せば知りたくないことを知ってしまいそうで怖かったけれど、黙っているわけにもいかず喀血していたことを伝えると、月彦様は動揺するでもなく諦めたように呟いた。 その反応から、初めてではないのだと分かった。 「..私、結核なんだって。」 「..そん、な..」 「急に解雇してすまなかったね。千鶴なら他の場所でもやっていけるよ。」 ゆっくりと身体を起こした月彦様は、支えようとする僕を止めて苦笑いしながら言う。 全く予感していなかったわけじゃないけれど、当たらないで欲しいと目覚めるまでの間ずっと祈っていた。 けれどその祈りは、まるで届きはしなかったのだ。 言葉を詰まらせ項垂れる僕を無視して、月彦様は喋り続ける。 口調こそ穏やかだが、声は微かに震えていた。 「どうして、教えてくれなかったんですか..?」 「..病気だと知ったら、今みたいに千鶴が泣くと思ったから。悲しませたくなかったんだよ。」 自分の膝をぎゅっと握り締めて俯いたまま、何も話してくれなかった理由を訊いた。 すると月彦様は小さく息を吐き僕の頬に触れると、いつの間にか溢れ落ちていた涙を優しく拭いながら答えた。 「僕はただの庭師です。それでも、頼って欲しかった。」 「千鶴..」 「お独りで苦しむのは、もう止めて下さい..」 もう黙って見過ごすのは嫌で、勢い任せに気持ちを吐き出す。 そんな僕を見て、月彦様は少し驚いた表情を浮かべた。 ずっと願うだけで言えなかったことが、収まらない涙と共に溢れ出てくる。 「そんな風に思ってくれていたんだね。」 「僕では支えになれませんか..?」 「..私はもう永くない。こうやって話をするのも難しくなってくる。それでも、良いのかい?」 「はい、お側に居させて下さい。」 するりと髪を解くように僕の頭を撫でた月彦様は、柔らかく微笑んで言う。 また子供扱いされてる、そう感じて情けない気持ちになる。 きっとぐちゃぐちゃであろう顔をそのまま上げると、しっかり月彦様の目を捉えた。 精一杯の声を振り絞って呟くように訊けば、少し考えて首を振り切なげに問い返される。 その問いに僕はこくりと頷き、深々と頭を下げた。
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