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大学病院の無機質な一室で、医者は言わざるを得ない結果報告をした。
「残念ながら悪性でした。明後日空きが出来ますから、明後日から入院して下さい」
きぃ、と椅子の軋む音がしたあとは、暫くの静けさが室内を襲った。
中嶋春樹は咽頭癌とこの日宣告を受け、暗い淵へと突き落とされた。
2023年6月、大学に通いだしたばかりで、夢を膨らませようとしていた矢先であった。
病院からの帰りの電車に揺られながら、何となく夢の中にいる気がしてならなかった。
体も痛くないし、周囲も何の変哲もなく、車窓には東京から神奈川へと向かう景色が晴れ晴れと移り変わり、とても平和に見えもした。
___俺、もうすぐ死ぬのかな?___
ぼんやりと移り行く景色を眺めながら、春樹は脱力していた。
不思議と涙は出ない。
ただ広島に1人残した母親に何と報告しようかと、答えも浮かばないままに考えようとはしていた。
自宅であるアパートに帰ると
「ただいま」
と返事の来ない挨拶をし、畳に寝転がり溜め息を吐いた。
16時、春樹は天井を見上げて、力の入らないままもう一度深い溜め息をした。
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