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「ただいま」
静かに言ってそっと玄関を締める。
と。
「おっかえりなさーい」
やたらと明るい声で出迎えられて、ルカはたじろいだ。
S大との試合後、結局シフト交代できなかったので、サークル棟のシャワーだけ借りてそのままバイトに出、帰って来たのは二十三時少し手前だった。
自宅通学しているルカである。さすがに中学生の妹は寝ているだろうと気遣っての行動だったが、目の前のハイテンション女子の様子に総て無駄な気遣いだったと気付く。
「来てたんだ?」
「うん。今日はねー、田所さんのご馳走を頂きに来ましたー」
はい、酔っ払いですね。
リビングへと向かう廊下で、彼女――広田由佳里がルカの腕に自分のそれを絡めてきた。が、その足取りは覚束ない。
「ご馳走?」彼女の言葉に少し引っかかる。
リビングの扉を開けて「ただいま」と言うと、ダイニングテーブルでビールの空き缶を積み上げている母――美紅が「おかえりー、おつかれさーん」と、これまた見事に酔っぱらった口調で返してきた。
「朝ねー、お義母さんからタケノコ貰ったの。で、その直後にたーさんのお友達が鯛くれたの」
たーさん――父の趣味は料理である。
が、勿論一般サラリーマン生活をしている中で料理できる時間などそうそうないので、普段は基本的に美紅が料理しているのだが、今日みたいに休日の、更にちょっと手のかかる食材が手に入った時には父がここぞとばかりに腕を揮うのだ。
「ルカいないし、せっかくだからゆかりと七海も呼んだのよ」
ゆかりは美紅の中学時代からの大親友で、七海はゆかりの娘である。その七海も、美紅の娘の清華と同級生であるため、田所家には頻繁に出入りしているのだ。
「さやとななちゃんは?」
「知らなーい。寝ちゃったんじゃない? 九時過ぎに、ルカが帰って来る前にお風呂入っちゃいなさいよってゆっといたけど」
まるで双子のような妹たちはまだ中学生。さすがにもう寝ているだろう。あるいは二階の清華の部屋で女子トークでもしているのだろうか。
二人の酔っ払いを後目に、父は甲斐甲斐しく台所の片付けをしているが、熊のような見た目に反して彼は下戸である。
「るーちゃんも、鯛食べる?」
既に刺身はないが、煮付けは残っているようで、それをつまみに飲んでいるらしい。
ゆかりがルカの手を引いて、隣に座るよう促す。
「いや、バイト先でもうメシ食って来たし」
「そー言えばるーちゃん、バイトは慣れた?」
腕を離す気がないようなので仕方なく横に座ると、そう訊かれた。
「まあねー。オープン前から研修あったし、明後日でオープン1カ月になるし」
「あの辺新しいお店がいっぱいできてるよねー。カフェとか、居酒屋とか。るーちゃんの大学の学生さん狙いだよねー」
「うん、だと思う。何年か前に学校も改装して大きくなったし、それに伴って前の道路も拡げたみたいだし」
「美紅は行ったことあるの? あたしはまだないんだけど」
「ないよー。ルカがすっごい嫌がるからね。まあそのうちに行こうとは思うけど、あまりあの辺に用事ないしさ。パートの帰りにあるコンビニならよく使うけど」
「わかるー。あたしも会社帰りに寄るトコはもう決まっちゃってる。でもるーちゃんの働いてる姿は見てみたいな」
「いつでもどうぞ」
ルカの答えに、
「何それ! 私には絶対来るなって言ってるくせに」
美紅が眉をしかめた。
「当たり前じゃん。授業参観じゃあるまいし」
なんだって仕事風景を親なんかに見られないといけないんだっつの。
「じゃあ今度あたしが見に行って、美紅に報告するね」
「いっそのこと、変装して二人で見に行く?」
「いいね、それ!」
酔っているからか、下らないことを言い出したのでルカは「絶対やめて」とだけ言って。
「シャワー浴びて寝るし」と逃げようとしたのだが。
「やだ、るーちゃん。まだハグしてない」
ああ、はいはい。そうでした。
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