本編

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微妙な空気が流れつつも食事を終えて、皿を洗い終えたところに声を掛けられた。「風呂に入るからついて来い」そう言われてほいほいついて行った自分のことを、今なら問い詰めて顔の一つでも叩いてやりたい。 「ふ、……ぐッ、んん゛、んん゛〜〜ッ」 「はっ……生意気に声抑えてんじゃねーっつの」 耳元で囁かれる。ぐりゅん!と腹の中に居座る指先が角度を変えて深く侵入しようと蠢いた。拒む肉の縁を柔らかくするために撫で回し、筋肉の弛緩したのに合わせて第二関節まで埋まっていたそれが根本まで埋まる。こいつ、いま筋肉弛緩の魔法使いやがった。 意図して押し殺したのではなく、咄嗟に出てこなかった悲鳴が喉奥で燻っている。息が詰まり呼吸の止まった喉をあやすように、皮膚の上に唇が落とされた。 「はひっ……ふゔぅ……ッ、ん、んっ」 どうして、なんでこんなことに。お風呂に入るから前みたいにユールクリスの背中を洗おうとして、そうしたら今日は俺がやってやるって言われて、断れなくて、それで……えっと、えーっと…… 「んああッ……!」 腹を内側から破られるのではないかとそちらにばかり気を取られてると、快楽を与えるために男性器に絡み付いた指が上下する。そうだ、これのせい。 体を洗ってやると言うから任せていたら、段々と嬲るように撫でる動きが全身に回って、他人の手が身体に触れるなんて初めてだったから気持ちよく感じてしまったのだ。不思議と頭の働きが遅く感じたし、そのせいか恥ずかしいはずなのに一切の抵抗もできなかった。されるがまま。力が入らず背後にもたれ掛かると、耳元で「まだ何もしてねえけど」と苦笑いされたのを覚えている。 兆しかけていたそこが見つかるのと指が性器に絡まるのは同時のことだった。恥ずかしいと思う暇もなかったように思う。 それからずっと、俺の唇は壊れたように意味を持たない音が出続けている。 「んうう……、なに、した、のぉ……っ」 「何もしてねえよ、ケツの筋肉解したの以外はな」 勝手に人の性器を擦って、出してしまった精子を人の尻穴に撫で付けるのが何もしてないと言えるのか。問い詰めたいが、指の出し入れに合わせて唇からは馬鹿みたいにアッアッという声しか出なかった。 「手ぇ、やだ、出ちゃうぅ……!」 「またか? いいぞ、出せよ」 後ろの穴から腹の中を刺激され、それに押し出されるように性器の先から白い体液が漏れる。射精とは言うが、本当に射るよりも漏れるって感じだった。今もとろとろと震える鬼頭の先から白いのが止まらずに流れてる。 「場所、変えるぞ」 全身の力が抜けた身体がぐんと持ち上げられる。裸の皮膚と皮膚が引っ付いて熱い。魔族は体温が低いから、人間に触れると暑いよりも熱いと感じるのだ。筋肉のついた身体つきのせいか、ユールクリスは特に体温が高いのかもしれない。脇から横腹、太ももまでが彼の剥き出しのお腹や肩に触れる。落とさないために背中と膝裏に回された手のひらも熱くて堪らない。 これは危険な熱だ、理性を溶かす熱だ。 そう思うのに、既に熱にやられた身体は言うことを聞かない。せいぜい落とされないように彼の首に腕を絡ませるのが精一杯だった。 降ろされた先はベッドの上だった。寝室にはベッドが一つしかない。最初は俺が床で寝ることを想定してのことかと思ったが、初日にベッドへと引き摺り込まれて以来一緒に寝ている。暑がりのユールクリスはいつも寝るときは裸な上に俺の身体で涼んでいるせいだ。そこに性的な意味合いが絡むことはない。なかったのだ。今までは。 ベッドから見上げる天井は何の新鮮味もないいつも見ているもの。毎晩目にするもののはず。それが今日は勝手が違っていた。 「んっふ、う……っ、んっ……ッ」 覆い被さる身体の重みと、迫り来る荒削りながらも整った顔立ち。薄い唇と反対に厚い舌が中に侵入して、口腔を荒らす。粘膜すら荒らすような激しい口づけは捕食行為のようだった。流し込まれる唾液を飲み切れず、喉に伝う。苦しい。やめてほしくて彼の短い金髪を引っ張ると、さほど力を込めずとも存外簡単に離れてくれた。 二人分の荒い息が室内に響く。 「なに……なんで……?」 俺の声はぼんやりとしていて妙に甘ったるくて、自分の声じゃないみたいだった。ユールクリスはそれに何も答えずに、再び唇を合わせようとする。いやいやと首を左右に振って抵抗するが、枕に頭を押さえつけられてしまった。結局唇と唇が合わさる。 ぐちゅぐちゅと粘性のある液体をかき混ぜるような音と、合間合間に荒い呼吸音が響く。ぢゅ、ぢゅる、ぢゅぽ、と音が鳴るごとにこの卑猥な行為に意味を見出しそうで怖かった。 唇が腫れ上がるのではないかと言うほどたっぷり時間をかけて交わったあと、満足したのかユールクリスの顔が離れる。 「まだわかんねえの?」 わかるのが怖い。意味を見出したくない。それなのに、彼は交わった唇からそれを読み取れと言うのだ。 行為にだって言葉にだって形はない。それでも言葉にして欲しかった。言葉という決定的なもののない中で、不確かな行為の中でそれを決めつけるほど、俺は経験に富んでいない。根無草のような生活を送ってきた俺にとって、不確かな何かに身を預けるという行為はとてつもない恐怖を伴った。 むずがるような泣き言がヒリヒリとする唇から漏れる。 「わかんないよ……」 「俺、俺はお前のことが…………くそ、お前名前何て言うんだよ……自分のこと何も喋んねえし、名前すら知らねえ……」 「んっ……」 唸る彼の身体が沈んでいき、首筋に頭が埋まる。耳輪をくすぐる金糸の短髪に肩が震えた。くすぐったいと少しだけ気持ちいいと感じてしまうのは、どうしてだろう。 ユールクリスはそれきり何も言わないので、すぐ目の前にある頭を撫でた。なんだが、自分よりうんと小さな子供に見えてしまったからだ。そういえば俺だって、彼のことは何も知らない。知ろうとも思わなかった。普段の振る舞いや言動からいくらか歳下に見えるが、彼の正確な年齢だって知らないのだ。 「俺の名前、マギア」 「マギア」 ユールクリスが俺の名前を繰り返す。「マギア」もう一度名前を呼ばれた。うん、と小さな声で返すと負けないくらい小さな囁きが耳元に降ってきた。 「好きだ」 その声を聞いて、身体の力が抜ける。俺にとって暴力だった口内の蹂躙にも、苦しい吐精と腹の中を掻き混ぜられる行為にも意味がある。そう思うと少しだけ、苦しさが紛れた。
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