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あたしは、もっとよく観察しようと、巣に近づいた。その時、私の頭からはすっぽりと抜け落ちていたのだ。普段はおとなしいバジリスクも、繁殖期に子供に近づくものに対しては極めて攻撃的になるという、バジリスクの研究者なら誰でも知っている事実が。
だめだ、こんなに近づいては――私がそう気づいた時には、もう遅かった。周囲はすっかり、興奮状態のバジリスク達に取り囲まれていた。その数、およそ二十匹。集団で営巣するバジリスクは、卵や子供を狙う敵に対しても、集団で立ち向かうのだ。
むりだ。相手がこの数では、無事に逃げ出すことなんてできそうにない。そう思った。私は、死を覚悟した。前述の通り、バジリスク一匹一匹の持つ毒には成人を殺すほどの威力は無いのだが、集団でよってたかって咬まれたとなれば話は別である。私の命は、風前の灯火だった。
ガキーン、ガキーンと激しい音が鳴り響いたのは、そんな時だった。見れば、アダム先生が自らの危険も省みず、サンプル保存用の金属容器を打ち鳴らし、バジリスク達の注意を引きつけてくれていた。そしてその隙に、私は命からがら逃げ出すことに成功したのだ。あの日、アダム先生があの場にいてくれなければ、今の私の命は無かったことだろう。
このような高潔な人格の持ち主であるアダム先生が、仮に……そう、あくまでも仮にであるが、異世界分子生物学会年会長を務めたこともある件の大物研究者から圧力をかけられたとしても、不正を告発しようとしていた研究公正局長を焼き殺すなどということが有り得るだろうか?
ろくでもない噂を流している者達はきっと、白黒バジリスクよりも手に入れるのが難しいパーマネント職を得られたアダム先生に嫉妬しているに違いない。
しかし彼らが何を言おうと、アリバイがある以上、アダム先生が犯人であることは有り得ないのだ。
たまたまアダム先生の出世のタイミングが事件の直後だったからといって、ただそれだけの理由で根も葉もない噂を流している者達には恥を知ってもらいたい。そして最後に、もう一つ言っておくことがある。私がアダム先生のアリバイを証言したり、このような文章を書いたりしているのは、私自身が件の大物研究者から脅されているからだと考える者もいるかもしれないが、それは邪推というものだ。異世界分子生物学会はクリーンな組織である。そのような脅迫など、あるはずがない。
エリザベス・ポートランド(幻獣保全センター)
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