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 それから一時間経過したくらいでしょうか。楽屋にその日の怪談師が揃いました。  彼ら彼女らのことについて、ひとりずつ簡単にここに記しておきます。  まずは、柴本すずさん。三十五歳。すずさんは政子さんの中学のころからの同級生です。表向きは飲み屋のホステスをやっていることになっていますが、実際は本番なしの風俗店に勤務しています。本人も別にそれは隠していないようですが、怪談師として登壇するときは、面倒ごとを避けるためにホステスということにしているということです。  さすがに職業柄、美人であるばかりでなく、まさに豊満という言葉で形容するにふさわしい体型をしていて、夏に胸元が大きく空いている服を着ているときは目のやり場に困るほどです。三十五歳という年齢ですが、顔はどう見ても二十代前半で、実際職場でも十歳ほどサバを読んでいると話していました。  すずさんと政子さんは、風俗嬢と元俳優のライブハウスオーナーという、それぞれほぼ接点のなさそうな職業ですが、今でも互いに仲の良い友人らしく、すずさんはたまに政子さんの劇団にちょい役として出演することもあるようです。  すずさんは、いわゆる「視える人」で、実体験の怪談を多く持ちネタとしています。  次に、清水礼次郎さん。三十四歳。職業は医師。同じく医者の父親とともに、市内で開業医をやっています。  身長が高く細い身体をしていて、髪の毛はいつも短いスポーツ刈りにしています。怪談会にはいつも高級そうなスーツを来て出演しています。  二十代の勤務医だったころに、総合病院で心霊現象としか言いようのない不思議な出来事に何度も遭遇したということです。そして同僚やナースから怪談を収集していたのが、怪談師となるきっかけということのようです。  ちなみに清水さんの病院は、内科だけの小規模な診療所で、失礼を承知で言えばまさに「町医者」のイメージにぴったりの病院です。僕のワンルームマンションから近いということもあり、半年ほど前に僕が食あたりでお腹を壊したときに清水さんの病院に受診に行ったのですが、診察してくださったのは清水さんの父親だったので、実際に清水さんが仕事をしている場面は見たことがありません。  次に、古町マークさん。なぜか年齢を教えてくれないので年齢不詳ですが、おそらく二十代の後半です。マークはアメリカ生まれのアメリカ国籍で、外資系計測機器メーカーの営業として勤務しています。「マーク」というのも本名のようです。  父親がグリーンカードを持つ日本人で、母親が韓国系アメリカ人なので、アメリカ人とは言っても見た目はまるっきりモンゴロイドです。  十歳までアメリカで過ごし、それから六年間は日本で暮らして、大学はアメリカの州立大学に通った後、再び日本に戻ってきたということです。もちろん日本語能力は一般の日本人と比べてまったく遜色ありません。  子供のころに父親に見せられた、絵本になっている小泉八雲の「KWAIDAN」を読んだことが、日本の怪談について興味を持つきっかけになったと言っていました。  三田みずほさん。女のような名前ですが男性で、県庁の支局総務課に勤務している五十八歳。三田さんは公務員で副業が禁じられているため、完全にノーギャラで出演する怪談師です。二十代のころに小学校の教師として勤務した経験があるという、変わった経歴の持ち主です。  古い文献などにも詳しく、またこの地域独特の民俗などにも精通しており、実際に地名を挙げて、伝承などを話すことが多くなっています。  三島ミコちゃんについてはすでに書いたので、省略させていただきます。ひとつだけ付け加えておくと、ミコちゃんはアイドルの名にふさわしいその容姿端麗にもかかわらず、恋人がいません。理由は、所属するアイドルグループが公式に恋愛禁止としているからです。  柴本すず、清水礼次郎、古町マーク、三田みすず、三島ミコ、それに僕、北野三郎をくわえた六人が、その日の怪談会の怪談師となりました。  ほかに、このライブハウスで怪談師として活動している富田さんという、僕と同い年の男性がいるのですが、政子さんに彼は呼ばなかったのかということを尋ねてみると、 「富田くんにも声を掛けたんだけど、新型ウイルスが怖いから行けないって言ってたのよ。怪談師にも怖いものがあるのね」と苦笑しながら言いました。  楽屋の長机の上にはクッキーやチョコレートなどのお菓子が用意してあり、ウォーターサーバーやコーヒーメーカーなどもあり、怪談師は緊張とリラックスが混ざったような気持ちで過ごしていました。  怪談師どうしは普段はあまり交流がないので、お互い顔を合わせるのは前回の真冬の怪談会以来となる人が多く、みんな近況報告などをしあっていました。  政子さんがミキサー室に入る扉の近くで、医師の清水さんと何やら話をしています。  僕といちばん歳が近いのはミコちゃんなので、怪談会開始までの待ち時間は主にミコちゃんと話していたのですが、 「三郎くん、まだ彼女と続てるの?」などと訊いてきました。  僕がそれに返事をすると、 「いいなぁ。わたしも彼氏ほしいなぁ」と言いました。  どうやら、アイドルグループの恋愛禁止は遵守しているようです。  午後七時になると、 「それでは、そろそろお願いします」と政子さんが言いました。  それを合図に一同が立ち上がり、政子さんを先頭にして防音扉を抜けて、ステージに行きました。
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