十五

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十五

 怪談会本番が始まり、政子さんはまず最初はマークを指名しました。そして、マークは持ちネタの怪談を話し始めました。  怪談会はいつも二時間と予定されているのですが、だいたい三十分から長ければ一時間ほど延長することが多いです。つまり怪談会は、途中で休憩を挟みながら合計で二時間から三時間のイベントということになります。  怪談はだいたい一話あたり、短ければ三分、長くても十分くらいで語り終え、平均すると約五分といったところです。  この日登壇していた怪談師は僕を含めて計六人だったため、ひとり四話か五話を話すことになります。  ほかのメンバーがその日どういう怪談を話したかということを詳述すべきなのかもしれませんが、ここでは割愛させていただきます。怪談が、著作権などの権利についてどのような保護を受けているのか、僕は法には全然詳しくないので承知していませんが、彼ら彼女ら自身の持ちネタであるため、無断で転載することはよくなかろうと思うからです。  代わりと言っては何ですが、その日に僕がステージの上で話した怪談の概略だけをここに記しておきたいと思います。  一話目は、僕の叔父から聞いた話。二十年近く前のことになりますが、叔父と叔母と僕のいとこの三人は、自家用車に乗って旅行に行くことになりました。旅行先で一泊し、景勝地で遊んで夕方から帰途についたのですが、ちょっと近道をしようと峠道を超えることにしたそうです。  しかし、どこでどう迷ったのか、いつまで経っても山を抜けることがありません。まっすぐ行っているだけのはずなのに、道は登ったり降りたりを繰り返すだけで、どうも同じところをぐるぐる回っているだけのような錯覚に陥ってしまいました。二十年前なので、まだカーナビは一般に普及しておらず、叔父の車にもなかったそうです。  帰途に就く時間が夕方で遅かったため、山道で迷子になっているうちに、夜中になってしまい、とにかくいったん道端の広くなってるところに停車して、叔父はタバコを吸おうとしたところ、叔母が「車のなかでタバコ吸ったら煙がこもるから外に出て吸って」と言いました。  叔父は仕方なく車から降りて、タバコをくわえて火を点けると、車の下からいきなりキツネが這い出してきて、叔父の姿を見つけるや否や、一目散に逃げていったということです。  果たして、キツネが寝ている上から車を停車したのか、まさかキツネはずっと車の下に貼り付いていたのか……。  タバコを吸い終わり、車のなかに戻って運転を再開すると、車はあっという間に山を抜けて国道にたどり着いたそうです。  二話目。これはインターネットを経由して知り合った人から聞いた話です。彼を仮にAさんとしておきます。  Aさんはとある中古ショップで、高級なスマホを買いました。発売したばかりの最新のモデルのもので、ふつうに買えば六万円くらいはするはずですが、その半額以下の値段だったようです。  さっそくシムフリーの携帯でも受け付けてくれる携帯キャリアの店に行き、契約して番号の登録をしてもらったそうです。  しかしその中古で買ったスマホ、アプリなどは全然インストールされていなかったので、てっきり初期化しているかと思ったら、ブラウザに一件だけ、SNSのURLがブックマークされているんです。  そのSNSはAさんは全然利用していなかったんですが、ちょっとだけ覗くつもりでアクセスしたら、ログインしたままの状態で、前の持ち主のアカウントに入ることができたんですね。どうやら前の持ち主は、三十代くらいの既婚の男性だったらしいんです。  SNSっていうのはプライバシーだから、勝手に見るのは悪いなと思ったらしいんですが、やはり好奇心には勝てずに、前の持ち主の書き込みなどを見てしまったんです。  で、いちばん最新の投稿を見てみると、よくありがちな外食したときの写真みたいなのを短いメッセージとともに書き込んでいたんですが、そのコメント欄がちょっと普通ではなかったんです。  コメント欄は、「長い間、お世話になりました」「ありがとう。安らかにお休みください」「たくさんの思い出をありがとう。また、会おうね」みたいな書き込みで溢れているんです。  どうやら、前の持ち主はお亡くなりになって、おそらくその遺族の方がこのスマホを中古ショップに売却して、それをAさんが買ったのだろうと。  するとAさん、ちょっと悪戯心が湧いてきて、その前の持ち主のアカウントで、「みんなありがとう。さようなら」みたいな投稿をしたんです。  もう、すぐに反応が出て、「え? 生き返った?」「天国からメッセージ!?」とか、そんな返信が来るんです。  まあ最初はAさんもその反応が面白かったそうなんですが、よく考えると不謹慎だし、悪ふざけが過ぎる、と。Aさんは書き込みはすぐに削除しました。  翌日になって、「すみません。このスマホを中古で買ったものです。お騒がせして申し訳ありません」みたいなことを書き込もうと思ったんです。  でもその前に、自分がいつも利用している別のSNSにアクセスすると、まったく覚えがない投稿がしてあったんです。  その投稿は、文字化けして何が書いてあるのかわからなかったそうです。  三話目。Bさんが中学校のころの同窓会に行ったときの話です。Bさんは四十代の男性なんですが、それまでずっと故郷を離れて東京で仕事をしていたため、同窓会に参加するのはそれが初めてだったんですね。  なかには卒業後も連絡を取り合って、それなりに会っている同級生もいたんですが、ほとんどの人が二十年以上ぶりに会う人たちばかりでした。  同窓会はごく平凡な居酒屋の大部屋で開かれていて、すっかり歳をとった昔の友人などとこれまでの来し方などを報告し合いました。  だいぶお酒が入ってきたころ、Bさんは、大部屋の隅っこのほうの席で、誰とも会話をせずにじっと座っているだけの人がいることに気づきました。それほど仲がよかったわけではないんですが、クラスメートとしてそれなりに付き合いのあったCさんでした。  Cさんはとても頭が良いけれども運動が苦手で引っ込み思案だった、典型的な優等生タイプの人でした。Cさんは市内でも一番難しい進学校に行ったため、卒業後は没交渉になっていました。  BさんはCさんと高校進学後のことや、就職した後に家庭を持ったことなど、互いに話しました。  そこでBさんはふと、中学高校のころまで一緒で、仲の良かったXさんのことを思い出しました。Xさんは高校卒業後は地元に残ったはずなので、同窓会に出席していてもおかしくはないはずなのですが、姿を探しても見当たりません。 「Xは今日は来てないのかなぁ」とBさんがつぶやくように言うと、Cさんは、 「あれ、知らないの?」と言いました。  Cさんが言うには、Xさんはもう十年前に交通事故が原因で亡くなった、というのです。  Bさんはそれを聞いてもちろん驚いたんですが、まあ長く生きてると事故で死ぬ同級生がいてもおかしくないか、などと思ったそうです。  翌日になって、Bさんは東京に戻らなければなかなかったのですが、新幹線の時間までかなり余裕があったので、もし迷惑でなければお線香だけでも上げさせてもらおうと、Xさんの実家に寄ったそうです。  すると、なんと玄関に現れたのは、Xさんその人だったんです。  腰を抜かすほどびっくりして、でも足はちゃんとついてるし言葉のやりとりもまともにできるし、幽霊ではなさそうです。 「お前、死んだんじゃなかったのか!?」というと、Xさんは、 「死んでないよ。ひさしぶりに来たかと思ったら、いきなり勝手に殺すなよ」とあきれ気味に言われたそうです。  Xさんは、「とりあえず時間あるなら上がれよ」と言って、Cさんを家の中にあげてくれたそうです。  Xさんが言うには、同窓会の案内は来ていたが、その年の夏に会社が倒産して無職だったため、なんとなく同窓会に顔を出しづらいから欠席した、ということでした。 「しかし、誰だよ。俺が死んだなんて嘘を言いやがったのは」Xさんがそう言いました。 「Cさんだよ。同じクラスにいただろ、優等生の」  Bさんがそう言うと、Xさんは一気に顔面蒼白になって、 「本当に、Cが同窓会に来てたのか?」と言いました。  Bさんがそれを肯定すると、Xさんはだいたい次のようなことを説明しました。  Cさんは大学卒業後にこっちに帰郷して、市役所に勤務していた。二十代の半ばくらいに偶然、町のはずれにある銭湯でばったり会って、それなりに会話を交わした。中学のころはあまり仲良くはしていなかったけど、地元には同級生が少なくなってるということもあり、たまにふたりで会って酒を飲んだりするような関係になった。ある日、XさんとCさんが町中の飲み屋で酒を飲んだ帰り、てっきりCさんは代行を呼んで帰ったと思っていたら、酔っぱらった状態のまま運転して帰ることを試みたそうで、そのまま事故を起こして亡くなった……。  それを聞いて、Bさんは背筋が冷たくなったそうです。  CさんがXさんと最後に一緒に飲んだ居酒屋というのが、同窓会の会場の居酒屋だったそうです。
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