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十七
政子さんが、
「ありがとうございました。北野三郎くんのお話でした」と言いました。
僕はもう一度頭を下げました。
「で、その後は……、先輩とか友達は、それ以降はもう事故には遭わなかったの?」政子さんが僕に訊きます。
「ええ、なかったですね。バンド活動の本格的な再開は半年後くらいになりましたけど」
「結局、お祓いは行ったの?」ミコちゃんが割って入るように言いました。
「いえ、行ってないですね」
「でも、なんで心霊スポットに行ってない三郎くんまで事故に遭ったんだろうね?」政子さんが言いました。
「さあ……、仮に祟りか呪いのようなものがあったとしても、実際に先輩と友人の合計三人はそれに該当して、僕が自転車で転んだのはたまたま偶然だったのかもしれません。僕の傷だけはそんなに重くなかったですし」
「でも、骨折したんでしょう?」
「骨折と言っても、ちょっとヒビが入ったくらいでしたから、一か月も経たないうちに包帯は取れましたし」
「三郎くんが自転車で事故をしたときのことがちょっと気になるんだけど、ハンドルを何者かに動かされた、みたいな感触ではなかったの?」
「軽い衝撃の後にいきなりハンドルが右側にずれて、そのまま側溝に落ちちゃいましたから。たぶん、石か何かに乗り上げただけだと思います」
「そっか……」政子さんはそれを言ったきり、沈黙しました。
マークが軽く挙手をしながら、次のように僕に訊いてきました。
「その廃病院って、まだあるの?」
「それは、どうだろうね。さっき言ったとおり、そもそも僕は一回も行ってなくて、実物を見たこともないんだから……。まあ、残ってるんじゃないかなあ」
「マークくん、もしかして行ってみたいの?」政子さんがマークのほうを向きました。
「ええ、まあ。ちょっと興味ありますね」
うーん、と言って政子さんは少し何かを考えるようなしぐさをしました。そして、
「もしよかったら、行ってみようか?」と言いました。
その発言に、さすがに僕は面食らいました。
たしかにその場に集まっているのは怪談師ばかりなので、怖いものに人一倍興味を持った人間ばかりなのですが、僕の話した体験談が政子さんをそんな行動に嗾けることになるとは、想像もしていませんでした。
「え、僕と政子さんで行くんですか?」とマーク。
「そう。ほかにも、興味ある人がいたら、一緒に行ってみない?」政子さんはステージの上の怪談師を見回すように首を動かしました。
「わたし、ちょっと見てみたいかも」すずさんが言いました。
ミコちゃんが少し身体を震わせるようなしぐさをしてから、
「本当ですか? 怖いなあ」と言いました。
三田さんが雰囲気に水を差すような大げさな咳払いをして、
「でも、病院ってことは私有地でしょう。勝手に入ったら、不法侵入になっちゃいますよ。僕は職業柄、そういうのは賛成できないなあ」
「中には入りませんよ。ちょっと外から見てみるだけです。それなら問題ないでしょう。 ……清水先生はご興味あります?」政子さんは清水さんのほうを向きました。
「うーん……、正直心霊スポットみたいなものを軽々しく扱うのはあまり賛成できないんですけど、私も病院経営やってる身ですから、廃病院っていうのがどんなものか、興味ないと言えば嘘になりますね。ちょっとだけ見てみたい気持ちはあります」
政子さんがマイクを持ってないほうの手で、自分の膝を軽く打ちました。
「今度、みんなで行ってみましょうよ。そして、その場所がどんなものだったか、次の怪談会の冒頭で、観客の皆さんにご報告するということで……。ライブや演劇の予定が入ってなくて、しばらく怪談会みたいなイベントを主催して多くやることになると思いますから、レギュラー企画として、怪談師による心霊スポット巡りみたいなことをしましょうよ!」
すると、会場から拍手が聞こえてきました。
それに応えるように、
「みなさんもそういう話、聞いてみたいですよね?」と言いました。
さらに拍手が強くなりました。
政子さんは何やら満足げな表情をして、
「ということで、三郎くん。あとでその場所、教えてね」と言いました。
「教えてねって言われましても……、僕はそこに行ってないのに」
そう言いながらも、僕は友人か先輩に聞いてみれば、おそらく詳しい場所は教えてくれるだろうなどと考えました。
しかしその廃病院はとなりの県にあるので、日帰りで行くならほぼ一日を要することになるだろうと、漠然と思っていました。
政子さんは椅子から立ち上がりました。
「それでは、本日の怪談会はこれにて終了とさせていただきます。次回の怪談会はまだ未定ですが、そんなに間を置かずに、できれば来月の後半か再来月の上旬に開催したいと思います。詳しくはライブハウス兼劇場『ボーンハウス』の公式ホームページかSNS等で発表しますので、皆様ぜひチェックしてください。では、次の怪談会でお会いしましょう。ありがとうございました」
怪談師一同も椅子から立ち上がり、客席に向かって深くお辞儀をしました。
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