十八

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十八

 舞台袖のカーテンを通り抜けて楽屋に戻ると、長机の上に宅配のピザとフライドポテトが用意してありました。おそらく、ライブハウスのスタッフの久保さんか加藤さんが、僕たちがステージの上にいるあいだに注文したのでしょう。  時刻は午後九時三十五分を過ぎていました。  政子さんが両手を何度か柏手を打つように打ち付け、一同の注目を集めました。 「みなさん、どうもお疲れさまでした。とってもいい怪談会ができたと思います。粗末なものですが、用意いたしましたので、時間のある方は、打ち上げ代わりにぜひ食べていってください。ビールもありますから、お車でない方はどうぞご遠慮なく」   スタッフの加藤さんが、楽屋の端っこにある小型の冷蔵庫から、五百ミリリットル缶のビールを出して、一人一人に手渡していきます。  すずさんは手渡されるビールを拒否して、 「ごめんなさい。わたしこれから仕事行かないと」と言いました。  それを聞くと政子さんは、 「これから? ひょっとして怪談会のために仕事行く時間遅らせてくれたの?」と心配そうな表情で言いました。 「いや、本当は休みだったんだけどね。どうしても今日予約入れてくれって客がいたから、これから一人だけ入ってるのよ。本当はわたしもここでビールいただきたいけど、また今度にするわ」 「そう。がんばってね。無理しないでね」  すずさんは肯いてから、 「それじゃ、皆さんお先に失礼させていただきます。お疲れ様でした」と言いました。 「お疲れ様でした」と一同がいっせいに言います。  ビールがそれぞれ一人ずつの手に渡りました。 「では、改めまして。お疲れ様でした。乾杯!」  そう政子さんが音頭を取って、ささやかな打ち上げが始まりました。  僕たちは用意されたピザを食べたりビールを飲んだりしながら、その日にステージ上で話された怪談について感想を言い合ったり、また他愛のない雑談をしたりながら、イベント後のひと時を楽しみました。  二本目のビールが開いたころになって、政子さんが僕のそばに近づいてきて、 「で、例の廃病院、どうしよっか?」と言ってきました。 「本当に、行くんですか?」と僕は言いました。  ステージ上で観客を湧かせるためのハッタリの可能性もあるんじゃないか、などと思っていたのですが、やはり政子さんは本気だったようです。 「だって、ああ言っちゃったんだし、今さら引っ込めるわけにもいかないでしょ? で、どこにあるの?」 「えっと、詳しい場所は明日にでも先輩に聞いてみますけど……」  そう言って、人口二十万ほどの某県某市の某所を政子さんに告げました。  政子さんは某市には何度か行ったことあるらしく、 「ここからだと、片道百五十キロほどよね。まあ往復しても、四時間か五時間くらいですむとは思うけど。せっかく行くんだったら……」  某県の特産品である食べ物を挙げて、 「……も食べて帰りましょうよ」と言いました。  僕と政子さんの会話をすぐそばで聞いていたマークが、 「行こう、行こう。ちょっとした旅行気分だね。楽しみだ」と言いました。  そして政子さんは、楽屋にいる怪談師ひとりひとりに、この廃病院への小旅行とやらに行く意思があるかどうかを確認しました。  医師の清水さんは行ってみたいということでしたが、ミコちゃんは、 「わたし、ちょっと行きたくないなぁ。祟られたら、どうするの?」と真剣な表情で言います。  最高齢で公務員の三田さんは、 「心霊スポットかどうかはともかくとして、そういうことをするのはあまり感心できませんね。日本の土地は必ず誰かの所有物になっているんですから、第三者が面白がって扱うのはあまりよくありません。私が働いている部署の管轄ではないですから詳しくは知らないんですけど、自分の所有する物件が心霊スポット扱いされて、役所に苦情を言ってくる人がたまにいるらしいんですよ。特に最近、インターネット上に面白半分で書く連中がいるようですから。……と言っても、基本的には民間どうしの出来事なんで、役所に言われても対処のしようがないんですけどね」と渋い表情で言いました。 「だいじょうぶですよ、ちょっと見てみるだけですから。メインは日帰りグルメ旅行ということで」政子さんが言います。 「そうですか……? まあグルメ旅行なら、私もぜひご一緒したいです」と、三田さん。  ミコちゃんはやはり、 「うーん、わたしはあんまり行きたくないなぁ。旅行だけじゃダメ?」などと言っていました。  ここでようやく僕は気づいたのですが、怪談師をやってる人のなかでも、超自然的な現象に対するスタンスにはずいぶんと差があるらしいのです。どうやら怪談師には、怖い話を収集してそれを披露することを目的としている、純粋に話芸の芸人として自己を規定するタイプと、とにかく怪異や超常現象への強い興味を持っているタイプ、このふたつに別れるようです。  前者はただ単に怪談が好きであるというだけなので、自ら祟りや呪いなどというものに触れようとするのは当然として極力避けようとするでしょう。後者は、祟りや呪いというものに、物好きにも積極的に関わりたいと思うようです。  もちろんそれらはきっちり二分されているのではなく、グラデーションのように濃淡があるものだと思いますが。  怪談師のなかでいちばん心霊スポットへの興味を持っているのはマークで、いちばん怖がっているのはミコちゃんです。清水さんはどちらかというとマークのほうに近く、三田さんは中立のようでした。すずさんはその場にいないため、どちらかはわかりませんでしたが、おそらくマーク側に近いタイプでしょう。  僕自身はどうかというと、たぶん僕も中立よりマーク側に近いと思います。  怪異へのスタンスというか距離感の違いが、まるで人によって新型ウイルスへの態度の違いのようで、なかなか興味深いと僕は思いました。 「でも、どうやって行くんですか? 車で何台かに分譲して?」僕は政子さんに尋ねました。  怪談師と政子さん合計で七人となります。普通の乗用車では定員オーバーとなります。 「それなら大丈夫よ、うちで機材を運ぶときに使ってるワンボックスカーがあるから、全員いっぺんに乗れるわよ」政子さんがそう言いました。  それじゃ、具体的な日にちが決まったらお知らせするから、と政子さんが言い、全員でSNSのグループ登録をしてメッセージをやり取りできるようにしました。  三田さんだけは、いまだにいわゆるガラケーを使っているため、電話番号とメールアドレスの交換だけになってしまいましたが。
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