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 二〇二〇年一月半ば、中国でそれまでにない未知の病気が流行し始めたというニュースが、メディアやインターネットで流れ始めました。当初は「新型コロナ」や「新型ウイルス」という単語はあまり使われておらず、「新型肺炎」と言われていたと記憶します。  感染力がとても強く、致死率もすごく高い凶悪なウイルスであると報じられていました。  しかし当初、僕はそのニュースを聞いても、しょせんは海の向こうの出来事、まさに対岸の火事だと思っていました。  ワイドショーで、保守派の某中年男性コメンテーターは、「中国が連休になる春節(旧正月)の前に、中国からの旅客はすべて入国拒否すべきだ。政府の対応は生温い!」などと口角から泡を飛ばしながら訴えていましたが、おおかたの意見としては、「もしそんなことをしたら、外国人観光客がいなくなって観光産業が大ダメージを受けてしまう。今や外国人向けの観光サービスは日本の大事な基幹産業なのだから、そんなことはするべきでない」というものでした。  中国国内では不織布マスクの買い占めが起こり一気に不足したため、日本の地方自治体が中国の姉妹都市へ支援物資としてマスクを送ったというのが、美談として語られました。  日本国内の小売店などでも、中国から日本に来ている留学生に向けてなのでしょうか、「中国加油」という文字が手書きで書かれた看板などを見ることがありました。  つまりその時点で、日本は支援をする側、困難に直面している外国を励ます側だったのです。  しかし、そのすぐ直後の一月二十一日には、日本の横浜港に寄港した豪華クルーズ船の乗客に新型コロナの感染者がいることが判明し、日本国政府は乗客の下船を認めないという決定がされました。国内のニュースは連日その豪華客船のことを報じていました。  報道番組の冒頭に、「クルーズ船で本日の陽性と確認されたのは何人だった」と増えていく数字をアナウンサーが読み上げるのが、まるで長く続いてきた習慣のように当たり前のように行われることになりました。  一月二十九日。とうとう日本国内に感染者が出ました。  運輸関連の仕事の就いている関西地方に住む男性で、年明けの一時期に中国からの観光客を乗せるバスを運転していた、ということでした。  ここに至って、新型コロナは対岸の火事と言っておられなくなりました。  スーパーやコンビニやドラッグストアなど、あらゆる小売店の棚から不織布マスクがあっという間に蒸発することになりました。 「マスク、次回入荷未定」という看板を出していない店舗はひとつもなかったと言っても過言ではなかったと思います。  インターネットのオークションサイトには、つい一か月前までは二十枚入り税込み百十円で売っていたようなマスクが出品され、一枚数百円、極端な場合では数千円の値段が付けられるようになりました。卸売業者などから買い占めて、ネットオークションで転売して汚いカネを稼いでいる輩がいたようです。
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