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 楽屋に戻るのとほぼ同時に、裏口の扉が開いて、メイド喫茶の衣装のようなヒラヒラの洋服を着た女の子が入ってきました。  三島ミコちゃんです。 「どうも、おはようございまーす」ミコちゃんはそう言いながら軽く右手を挙げました。  彼女は、市内の専門学校に通う十九歳の女性で、地元の地下アイドルグループの一員としても活動しています。ミコちゃんの所属する五人組の地下アイドルグループはかなり人気があり、メンバーはテレビのローカル番組などにゲストやリポーターとして出演することもあります。  言うまでもないことでしょうが、ミコちゃんのアイドルグループは政子さんのライブハウスのイベントに出演することがよく有ります。  そんな人気アイドルの彼女が、なぜ怪談イベントに怪談師として参加するようになったのか、僕は尋ねたことはありませんが、おそらく僕と同じよう政子さんに誘われたのだと思います。  ちなみにミコちゃんは、熱狂的なファンによるストーカー行為にあったことが複数回あり、その経験を怖い話として語る、俗にいう「人怖」という分野の怪談を得意としています。 「前売り、何枚くらい出てるんですか?」ミコちゃんが政子さんに訊きました。 「だいたい、四十枚」政子さんが答えます。 「少ないっすねー」ミコちゃんが遠慮なしにそう言いました。  政子さんは苦笑しながら、 「まあ、がんばったほうよ。こんなご時世だからね。いま来てくれるようなお客は、大事にしなきゃね。……まあ、前売りで売れた四十枚のうち、半分以上はミコちゃん目当てでしょうけど。安いギャラなのに、来てくれてありがとうね」 「いえ、大丈夫ですよ。わたし、怪談会好きですから」 「当日券もいくらか出てくれるかしら。いちおうSNSで告知は欠かせてないんだけど。まあなんとか、今日の収支は黒字にはなりそうね」  ちなみに怪談会の前売り券は一枚二千円となっています。この値段については、およそ二時間余りのイベントとしては、おそらく一般的に高いと感じる人が多いでしょうが、映画館の入場券と比べるとまあそれほど法外な額ではないと、僕自身は思っています。  ライブハウスの定員はおよそ二百人であるため、前売りで売れた四十枚というのはかなり少ないと判断すべきでしょうけど、シーズンの真っ最中に開催する夏のイベントでも席が半分埋まればいいほどなので、緊急に開催が決定した今回の怪談会としては、かなり健闘したほうだったのかもしれません。
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