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それからまた4年が経った。
事件から数えて、6年が経っていた。
事件を起こした犯人は警察の追っ手から見事に逃げ延びていて、警察は『打つ手がない』という態度を露わにしていた。
その影響もあってか、事件はしばしばニュースに取り上げられるようにもなった。
だけど、その犯人たちはもうみんなこの世にはいなかった。僕が殺した。
ある夜、僕は久しぶりに夏芽の夢を見た。
✴︎
「お兄ちゃん、迎えにきたよ♫」
夏芽は僕の目の前で言った。
事件の日の朝と同じ制服を着て、痩せ細ってはいなくて、首も真っ当な方向を向いていた。
僕は状況が掴めなくて、あたりを見回す。
そこはだだっ広い、どこまでも広がる世界だった。これは夢か、と僕はすぐに知れた。
「迎えに…?」
僕は言った。でも、夏芽には何も聞こえていないようだった。
「わたしね、ずっと怖かった」夏芽は言う。
「病院にどれだけいても、元のわたしには戻れないって分かってた。いつも誰かが怖くて、どれだけ笑っても笑ってないの♩」
「…………もう怖がることなんてないよ」
僕は言う。やはり夏芽には聞こえない。
「もう、夏芽が怖がる相手はいないんだ」
「でもね、お兄ちゃんはいつもわたしを助けてくれたよ♫わたしが『もうダメなんじゃないか』って思った時、いつも1日中手紙を書いてたの♩そうしてる間だけ、わたしはもとのわたしだった♫」
「手紙………?」
「1日に何百通書いたかなぁ、忘れちゃった。途中から腱鞘炎が痛くて、参っちゃったよ♫」
「……僕には1通しか、届いていない」
「多分1通しか届かないだろうなとは思ってたよ♫さすがに1日何百通も届けてたらお兄ちゃんも怖がるし、切手代も足りないからね♫」
夏芽はけらけらと笑った。
「なぁ…夏芽」
「だからわたし、お兄ちゃんのおかげで生きていられたよ♫お兄ちゃんも、これから、もっと元気で、わたしがびっくりしちゃうくらいの『天の下の力こぶ』になってね♫」
「夏芽!」
「また………迎えにきてね♫」
待ってくれ、そう言おうとしたのに、喉は枯れたようになってもはや何の声も出ない。
夏芽は笑った。
何年も前にずっと僕に見せていた、あの屈託のない笑顔で笑った。
そして僕に手を振って、背を向けて、もう一度だけ僕を振り返った。
「………あ…………」
僕が何も言えないでいるうちに、夏芽の姿は足元から崩れていった。
夏芽の脚、胴、両手、首が消えて、最期は振り返ったその瞳が、一粒の涙を流して、溶けるように崩れた。
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