迎えにきてよ

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それは夏芽がいつも言う台詞だった。 電車が僕の住む街に着く、夕暮れの時間。 僕の妹、春咲夏芽は決まって、そう言って電話をかけてくるのだ。 「ねえお兄ちゃん、迎えにきてよ♫」と。 夏芽は明るい声をした、白い肌の少女だった。 綺麗な栗色の瞳と、薄い唇、きめ細やかな肩までの髪と、細くて長い手足を持っていた。 夏芽は年の離れた妹で、僕とは6歳差だ。 6歳差を具体的に言えば、彼女が小学生になるとき僕は同時に卒業生だった、という計算になる。 僕は当時、自宅から通える大学に通い、自宅から行けるバイト先に勤めていた。夏芽を駅まで迎えに行くのは、自然と僕の仕事になった。 運転免許を取っていたので大した苦労ではなかったけれど、親にいいように使われた感は否めなくて、僕はいつも面倒そうな顔をしていた。 そしてその実、わざわざ電話で迎えをお願いしてくる夏芽を可愛がってもいたのだった。 ✴︎ 「いつも悪いねぇー、お兄ちゃん♫」 その日も夏芽は、上機嫌に助手席に座った。 僕はFMラジオの音量を下げて小説を閉じ、小さな軽自動車のエンジンをいれた。 「何かいいことでもあったのか?」僕は訊く。 「んーん、別に♫」「あ、そう」 「どうしてそんなこと訊くの?♫」 「なんか機嫌良さそうだったし」 「えー?そう?いつもと変わんないよ♫」 夏芽が笑ってイヤホンを耳に嵌めようとしているのを横目に、僕はハンドルを左にきった。 夏芽は基本的にいつでも上機嫌だった。 根暗な僕からすれば、夏芽の語尾には全て「♫」がついているような気さえした。 「今日の晩飯はカレーだと」 「まじ!飛ばして帰ってよ、お兄ちゃん♫」
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