一話

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 エルスの当面の目的としては、三か月後の収穫祭までにこの一座を盛り上げる事である。でなければ大金を稼ぐどころか、バイト先が役所命令で潰れてしまう。  とはいえ、新団長はショウの事なんてさっぱりだ。まずは現状を把握しようと、エルスはステージの影に隠れてショウを見学させてもらうことにした。 「皆さま、ようこそお越しくださいました。それでは、わくわくと心弾む愉快なひと時をお過ごしください」  シルクハットを被り、紳士服に身を包んだオールトが礼儀正しく挨拶する。堂々たる振る舞いは、長年ショウを率いているだけのことはあった。  あった、のだが。 (お客さん、すっごく少ない!)  役場から貰った書類で予想はついていたが、席はガラガラに空いている。  そもそも建物の外装からして他の場所よりも年季が入っているし、壁も所々塗装が剥げているし、照明も今にも消えそうな弱い光をぶるぶる放っている。わくわくショウというより、どっきりショウの方が向いていそうな雰囲気だ。  初手は子供のダンスだった。明るい音楽に合わせて、子供が元気よく身体を動かしている。見ているだけで、こちらも気持ちが弾んでいきそうだ。 (あの、犬耳の子?)  おもしろそうでついてきた、といまいち事情がよく分かってなさそうだった少年だ。耳を隠すためか、しっかりと帽子をかぶっている。茶色の短髪に茶色い目の少年は、エルスと同じくらいの年齢に見えた。  次はジャグリングだ。青年が器用に幾つものボールをひょいひょい宙へ飛ばしてはキャッチしている。あの生首男だった。ぐるぐるとスカーフを巻くことで、首が取れないようにしているらしい。かなり気をつけているからか、ボールの動きに反して本人の動作はやや硬い。それはまだいいとして、エルスが気になったのは表情だった。 (なんか、胡散臭そう……)  先程から男は半笑いを浮かべたまま演技している。怪しいショウなら兎も角、ワクワクの愉快なショウとしてはやや不適切に見えた。  首が取れてスリラーショウに変貌、とはならないまま、無事にジャグリングは終わった。  最後は、オールトによるマジックショウだった。彼がステッキを振るとどこからともなく花びらが舞い、シルクハットを裏返すと小さな旗が幾つも出てくる。現状把握の目的を忘れて、エルスは目を輝かせた。 (うわあ、すっごい……)  手品を見るのは初めてだったので、興味津々で眺める。色とりどりの花が舞った時に、背広側に引っ付いているラーナが気合を入れて花びらを飛ばしまくっているのには見ないふりをした。 「本日はお越しいただき、ありがとうございました。皆さま、気を付けてお帰りください」  そして始めと同じようにオールトが締めの言葉を告げ、終演となった。
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