プロローグ

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 そして今、このおんぼろ一座にひとりの少女が訪れていた。観劇ではない、入団希望のためである。  少女の名は、エルスという。鮮やかなオレンジの髪は肩より上で切りそろえられ、薄緑色の瞳は幼さが色濃かった。スカートからひょろりと伸びた足や体躯は、若々しい小鹿を連想させる。  バイトをするにしてはまだまだ幼く見える少女は背筋をピンと伸ばしてソファに座り、声を張りあげて自らを売り込もうとしていた。 「あたし、以前ここのショウを拝見して、すっごく感銘を受けました。こんな所で働けたら、とっても素敵だろうなって!」  この建物に入る前に、数分程うんうん唸って考えておいた台詞を口に出す。何を隠そう、エルスはここに訪れたのは完全に初めてだ。  入団希望の理由だって、大したものではない。  バイト代が欲しい、それだけである。 「うんうん、そっかあ、ありがとうね」  目じりを下げて嬉しそうに礼を言うのは、この一座の団長、オールトだ。  恰幅のいい体躯には皺が沢山刻み込まれていて、髪の毛は雲のようにもこもこしていた。穏やかな老人といった印象の男は彼女を少女の話に耳を傾けながら、テーブルの上に置いてあったポットを手に取った。 「エルスちゃんだっけ、まずはお茶でもどうぞ。紅茶は飲めるかな?」 「はい、好きです」 「よかった、実はこの茶葉は僕のお手製でねえ、味わって飲んでね」  実のところ、エルスは紅茶があまり好きではなかった。色や香りを楽しむより、砂糖がたっぷり入ったココアやジュースの方が好みなのだ。だからと言って正直に伝えたら印象を悪くするかもと思い、猫をかぶって大人しくティーカップを手に取った。 (ひ、ひとくち飲めばいいわよね?)  口へとカップを傾けようとして、はたと手が止まる。  薄茶色の液体。その中心で、何かが蠢いていた。
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