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私は、門を背に空を見上げる。
もう、帰ろうかな……
言い訳なんていらない。
どうせ終わるなら『やっぱり行けません』って送るだけで十分じゃない。
私は、握り締めた手を開き、スマホの通信アプリを起動する。
彼の着信履歴を見て、メッセージを入力しようとすると、またスマホが鳴動を始めた。
これ、出る?
それとも、拒否して、メッセージを入れる?
一瞬ためらっていると、ふと影が差した。
えっ?
私が顔を上げると、そこには優也さんが立っている。
「麻弥ちゃん……だよね?
ごめん、待ち合わせ場所、勘違いしてたみたいで」
えっ?
私って分かるの?
いや、それより、これ、肯定するべき?
違いますって言って逃げるべき?
私がすぐに答えられずにいると、優也さんは、優しく微笑んで、手を差し出した。
「はじめまして。西崎 優也です」
これ、握手ってこと?
私は、固まったままその手を眺めた。
すると、優也さんは、私の手をスマホごと、そっと包み込んだ。
「やっと会えた」
私の太ってぷにぷにとした手を握り締めながら、優也さんは変わらず微笑んでいる。
「さ、麻弥ちゃん、行こう」
そのまま私の手を引いて歩き出す優也さんに、私は足をもつれさせながらも、慌ててついていく。
優也さんは、入場券売り場を素通りして、そのまま入り口に向かうと、ポケットからチケットを2枚取り出した。
「早く着き過ぎたから、買っておいたんだ」
当然のように私の分のチケットを出すから、私は慌ててバッグから財布を取り出す。
「あの、私の分……」
すると、優也さんは、足を止めて私の顔を覗き込む。
えっ、何?
「やっと、しゃべってくれた」
えっ?
「美術館の中ではしゃべれないけど、見終わったら、食事に行こう。話したいことがたくさんあるんだ」
えっと、それは……
っていうか、私のチケット代……
見つめられて恥ずかしくなった私は、そのまま顔を伏せて財布の中身を探る。
すると、優也さんは、そっと私の手を押さえた。
「これくらい、出させて。学生料金のチケット代くらい大したことないから」
そう……かもしれないけど……
「ほら、行こ?」
そう促されると、それ以上、お金を出すとも言えなくて、私は財布をバッグにしまった。
優也さんに手を引かれて、大好きなイラストレーターさんのあたたかみのある絵を見て回る。
「これ、いいよね」
優也さんが耳元でひそっと囁く。
私はこくりとうなずくことしかできない。
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