第6話

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第6話

* 「この照明の上に、小鳥を乗せたいんです。どう思いますか、今村先輩」  後輩の竹村真由子は、きれいにカールさせた茶髪を揺らす。ナチュラル系のディスプレイでという先方のニーズに応えるために、みちるが選んだ担当が真由子だった。  みちるよりも、真由子のビジュアルのほうが先方の好むナチュラル系に近いと感じたからだ。  真由子はそのビジュアルと同じ、可愛らしいものや甘いディスプレイのデザインが得意だ。仕事もきっちりやってくれる。 「小鳥?」 「そうです、こんな感じで」  真由子が見せてきたのは、フェイクの羽根を使って作られた小鳥の置き物で、それを照明に乗せたいという。イメージラフを見てみちるはうなずく。 「いいんじゃない。生き物がいると、躍動感と可愛らしさが増すし」 「やった。そしたら、少しだけ背面のデザイン変更します。午後イチには出しますね!」 「うん、任せる」  嬉しそうにニコニコしながら真由子は戻っていく。可愛い後輩だなと微笑ましく思っている最中、ふとあの日のことを思い出した。 「そうだ、ペットショップの子……」  ただのリップサービスの類だと決めつけて、みちるは三日もペットショップに立ち寄っていない。明日来てと笑顔で言われたのに、悪い大人になった気持ちだ。 「やっぱり、今夜行ってみよう」  早めに仕事を終えることを決意し、みちるは仕事に打ち込む。午後イチで提出された真由子の案を詰めて、先方との打ち合わせの日程確認を済ませる。  もう一件抱え込んでいたデザイン案が取引先から色よい返事をもらえたので、すぐさま発注作業に入った。  気がつけば、時計の針はすでに夕刻を大きく過ぎている。大慌てで帰り支度をして、退社ボタンを押した。 「お先です!」  まだ残っている社員たちにお辞儀をすると、みちるは早足で歩いた。途中、ドーナッツ屋で三つほどドーナッツを購入すると、電車に駆け込んで最寄り駅まで急ぐ。 「嫌な顔されたら帰ろう」  なにしろ、ただの接客スマイルかもしれないのだから。  みちるは決心すると、ペットショップへ急ぐ。子犬たちの鳴き声がする横を通り過ぎた。  前回同様、小動物コーナーを覗き込んだが姿は見えなかった。  若干気落ちしていると、後ろから「こんばんは」と声をかけられる。驚いて悲鳴を飲み込みながら振り返ると、そこにはにこやかな青年――望月くんがいた。 「お待ちしてましたよ、ペット初心者のお姉さん」  ニコニコと笑う望月くんは、怒っているどころか、ものすごく嬉しそうにしている。急に申し訳ない気持ちが込み上げてきて、みちるはドーナッツの入った箱を持ち上げた。 「ごめんなさい。本当に待ってくれているとは思わなくて。これ、お詫びの品を持ってきたんだけど、望月くんは甘いの大丈夫?」  彼は箱を見ると目をキラキラさせた。 「わ、嬉しいです! 一緒に食べましょう」 「え、いや……あなたのために買ってきたんだけど」 「嬉しいことは、半分こ。おすそ分けすると良いことが起こるんです。俺は、お姉さんと一緒に食べたい」  誘いかたが上手すぎて、みちるは思わず苦笑いした。 「わかった。じゃあ一緒に食べよっか」 「あと十分で上がりなんで、待っててくれます?」  みちるがうなずくと、仕事すぐ片付けてきます、とバックヤードに向かって駆け出していく。  たかたかと駆けていく後ろ姿を見送って、みちるはペットコーナーの入り口近くで、色々な種類の犬のおやつを眺めながら時間をつぶした。
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