第7話

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第7話

「お待たせしました!」  足音と共に近づいてきた人影にみちるが顔を上げると、そこには私服姿の望月くんが立っていた。エプロンをつけていないと、店頭にいる時よりも幼く見える。 「フードコートで食べてもいいですか?」 「いいわよ」  ドーナッツの箱を手渡すと、彼はものすごく嬉しそうに受け取る。  可愛い反応に満ちるがほっこりしていると、彼はいきなりみちるの手を掴んできた。 「フードコートこっちです!」  びっくりしたのだが振りほどくのも変なので、ここは大人の余裕を見せようとみちるは踏ん張る。  が、しかし、返事ができないくらいにはドキッとしていた。  彼氏と会えていないことに加えて、男性と手を繋いだのは記憶の彼方に消し飛ぶくらい昔の出来事だ。 「お姉さんコーヒー飲みます? クレープ屋の店員に顔が利くんで、コーヒーならもらえますよ。内緒で」 「じゃあお言葉に甘えて」  大人の余裕を見せるんだ。言い聞かせてみたものの、彼の無邪気な笑顔に、ドキドキと心臓が鳴った。  窓際のカウンター席をキープし終わると、彼はクレープ屋に立ち寄って紙コップに入ったコーヒーを両手にニコニコしながら戻ってきた。 「よし、まずはドーナッツ。仕事上がりに甘いものって、最高ですよね。ありがとうございます」  箱を開けて中を見るなり、「わあ」と声を上げて喜んでいる。その姿に、みちるは思わずほほ笑んでしまう。表情豊かでかわいい子だなと素直に感じていた。 「そうだ、食べる前に。お姉さん名前はなんていうんですか?」 「私? そうよね、まだ名乗っていなかったよね」  ごめんね、と言いながらみちるは胸ポケットから名刺入れを取り出して、一枚引き抜く。それを渡して、いつものようにしゃんと姿勢を正した。 「今村みちるです。ディスプレイプランナーをしているの」 「ディスプレイプランナー?」 「そう。簡単に言えば、ショーウィンドウの中をデザインする仕事」 「へえ! すごい!」  名刺をもらってお辞儀をすると、青年は財布にしまっていいか聞いてきた。どうぞと答えると、「大事にする」という言葉通りに、丁寧に財布にしまっている。 「俺は伊織(いおり)。望月伊織。みんなイオとか、伊織って呼ぶから、お姉さんもそう呼んで……」  そこで言葉を切ると、伊織はみちるを覗き込んできた。とつじょ美青年に覗きこまれて、みちるの心臓が跳ねる。 「みちるさん、って呼んでもいい?」 「いいわよ。私は伊織くんって呼ぼうかな」 「なんでもいいよ。敬語もなしね、俺、大学生だから」  ずいぶんと若いと思っていたけれども、学生だとは思わなかった。一瞬気まずく思ったのだが、みちるは年齢差を気にすることなどないと思い直す。 「じゃあみちるさん。ペットのお勉強する前に、一緒にドーナッツ食べよ」 「そうしましょう」  コーヒーで乾杯をして、伊織がドーナッツを半分に折る。それを、みちるへ渡した。 「はあ、最高……」  伊織はもぐもぐとドーナッツを食べながら、嬉しそうにしている。一口満ちるもかじって、美味しいなと一息つく。海外に本店を置くドーナッツ屋の品物のため、ちょっと甘みが独特だ。 「みちるさんは大人だなあ。俺、コーヒーはミルク入れないと飲めないんだ」  砂糖はなくてもいいけどと言いながら、ミルクを入れたコーヒーをマドラーでかき混ぜる。  その姿は大学生にしては大人っぽく、どこかしら色気があった。きっとモテるだろうなと思いながら、みちるはブラックコーヒーをすすった。
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