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第12話
待ち合わせは駅前のコーヒーショップの前だった。遅れそうになりつつ慌てて向かうと、すでに伊織の姿があった。
背が高くすらりとしている伊織は、美形なのも相まってとても目立つ。
道行く女性がちらちらと彼のことを見ているのがわかって、みちるは一瞬声をかけるのをためらった。どうしようと思っていると、伊織に気づかれてしまった。
伊織はみちるの姿を確認すると、パッと表情を明るくさせて小走りで近寄ってくる。
まるで大型犬が飼い主に突進してくるかのように思えて、思わず苦笑いしてしまう。
「おはよう、みちるさん」
「おはよう。ごめん、待った?」
それに伊織は首を横に振る。しかし寒そうにしているので、みちるは伊織の頬にちょんと触れた。びっくりするくらい冷たい。
「待たせちゃったみたいね」
「あはは、ばれちゃったか。実は、緊張して早く起きちゃったんだ」
「だったらお店の中で待っていたら良かったのに」
「みちるさんを一番に見たかったから、いいの」
面食らっていると、伊織がいたずらっぽく笑った。
「みちるさん、大人しく待てたご褒美ちょうだい?」
「え……ご褒美?」
伊織は頭を下げてくる。昨日言っていた『頭を撫でられるのが好き』という言葉を思い出した。
伊織の柔らかい髪の毛にそうっと触れて、よしよしと撫でる。
すると伊織の手が伸びてきて、みちるの手首を掴んだ。驚いていると伊織はにやりと笑う。
「気持ちいいでしょ、俺の髪の毛」
「すごくやわらかい」
「ペットと触れ合う練習だと思っていいからね」
言うや否や今度は指先を軽く齧られて「ひゃっ」と声がでてしまう。それに伊織はあははと笑い、みちるの手を握った。
「みちるさんまずはどこ行く予定? ちゃんとリードしてくれないと、俺、あっちこっち行っちゃうよ?」
「伊織くん! 齧るのはダメ!」
「じゃあこれならいい?」
指を絡ませてきたため、それもダメと言いかけて口をつぐんだ。拒絶したら、伊織はきっと理由を聞いてくるだろう。その時に、うまくかわせるすべを自分は持ち合わせていない。
心臓が爆音で鳴り響いている。落ち着いて深呼吸をしてから、みちるは伊織を見上げた。
「……伊織くん、私、彼氏いるから」
「だから?」
「え?」
意を決して言ったのに、伊織は首をかしげた。それも、ものすごく不思議という顔で。
「だからって……だから、彼氏がいるから、手を繋ぐとかこういうのは……」
「みちるさん。俺は、ペットと触れ合う練習だって言ったじゃん」
「伊織くんはペットじゃないわ」
「ペットだと思っていいよ。何なら、全身舐めてあげようか?」
思いがけない言葉にみちるの顔が一瞬で熱くなる。
「冗談冗談。そんな可愛い反応しないでよ」
「怒るわよ、伊織くん」
「手を繋ぐのって俺たち学生の間じゃ普通だよ? それとも、みちるさんの彼氏って束縛激しい? 器小さいんじゃない、年下と手を繋いだくらいで怒るんじゃ」
「そんなこと……直登は優しいよ」
「じゃあ平気だよ。みんな友達でも手を繋ぐし、腕だって組む。考えすぎないで楽しもうよ」
邪鬼のない笑顔に気おされて、みちるはうなずいた。
若者とのジェネレーションギャップに、ほんの少し戸惑いを感じつつも、これが若者の『普通』なら、体験しておくのも仕事の役に立つかもしれない。
仕事の一環だと思ったところで、やっと浮ついていた気持ちが落ち着いて切る。仕事はみちるにとって、すべての原動力だ。
「わかった。伊織くんの言うこと聞く」
「うん、じゃあ行こう」
伊織に引っ張られて、みちるは駅の改札へ向かった。
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