第13話

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第13話

 デパートの前のウィンドウは、季節柄バレンタインのものが多い。  ピンクや赤を基調としたデザインも目立つが、さわやかに青や白、変わり種としては紫を織り交ぜたものもある。  みちるはそれらをチェックしながら、メモや写真を撮ったり、どんな素材を使っているかなどをチェックする。 「みちるさんも、こういうデザインをするの? 俺、すっごい尊敬する」 「こういうのは、後輩のほうが得意で……私はもっと、どちらかと言えばサッパリした感じが多いかな」  今までのデザインを見たいというので、休憩もかねてデパートの中の喫茶店へ入った。みちるが今までデザインした写真を見せようとすると、伊織は正面から隣に座り直してみちるの手元を覗き込んでくる。 「俺、これ好き……すごくスタイリッシュなのに、なんだかあったかくて」 「色を気を付けているの。私がやると、けっこうシンプルになっちゃうから、色合いで穏やかに見えるようにしてみたり」  そこで言葉を切ったのは、伊織がピッタリとくっついてきたからだ。逃げようとちょっとだけ体勢をずらすと、それに合わせてずずいと近寄ってくる。  しまいには、みちるの腕ごと挟んで掴みながら携帯電話を覗き込んでくる始末だ。 「ちょっと伊織くん、近いってば」 「え、ごめん……嫌だった?」  伊織はびっくりした顔のあと、みるみるしょんぼりしてしまう。あまりにも悲しそうな表情をされてしまい、みちるのほうが悪者になった気分だ。 「えっと……嫌じゃないんだけど。近すぎない?」 「ごめん、気を付けるね」  しゅんとしてしまったところで、頼んでいた飲物とケーキがやってきた。気を取り直そうとしたのだが、伊織は飲物にさえ反応しないほどしょげている。  ついてきたのは伊織の勝手だが、学生時代の貴重な休みを自分のために使っているのだと考えると、なんだかいたたまれない。 「ごめん、言い過ぎたよね。若い子と過ごす機会がないから加減がわからないの。嫌じゃないんだよ、本当に!」  伊織に手を伸ばし肩に手を置くと、ちらりとみちるを見つめてくる。 「本当に怒ってない?」 「怒ってないわ」 「良かった……俺、みちるさん怒らせちゃったかと思って。自分が嫌になってた」  どうしたらいいのだろうと考えたあと、みちるはおそるおそる伊織の頭を撫でてみた。伊織が驚いたような顔になった。伊織の瞳がキラキラしているのを確認すると、みちるはパッと手を放す。 「その、撫でられるの好きって言ってたから」 「嬉しいな! みちるさんから触ってくれるなんて」  もっと撫でてと言いながらみちるの手を掴むと、伊織は自身の髪の毛へ誘導する。ドキドキしながら伊織を撫でると、それに彼は機嫌を良くした。 「俺のことペットだと思って触ってね」 「ばかなこと言わないの。さ、ケーキ食べよう」  飲み物とケーキをすすめると、ちぇっと伊織は口を尖らせた。 「せっかく撫でてもらえたのに」 「またあとでね、今日つきあってくれたお礼に、たくさん撫でさせていただきます」  伊織はやったーと嬉しそうに破顔した。彼の笑顔は多くの女性がドキンとしてしまうような魅力がある。甘くて爽やかで、どうしようもなく可愛い。 (やだ、私、心臓もたないかも……)  国宝級の美青年に懐かれて、みちるはすでに困っている。  それなのに、伊織とのこんな関係も悪くないと思い始めていた。
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