第14話

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第14話

 みちるの用事が済むと、今度は家の近くに戻った。出先にはペットショップがなく、伊織が働くモールが一番近いペットショップだった。 「やっぱり、実際に見ながら勉強するのがいいと思うんだよね」  伊織の一言で最寄り駅に戻り、歩いてモールに向かう。ずっと繋ぎっぱなしだった手がそわそわして落ち着かないので、モールに入る前に解こうと試みた。 「なんで、いいじゃんこのままで」 「伊織くんのバイト先の人に見られたら困るでしょう?」 「困らないよ。みちるさんみたいな人と手を繋げるんだから。みんな羨ましがるに決まってる」  お世辞にもほどがある、とみちるは舌を巻いた。 「でも」 「それ以上言うと、口塞ぐよ?」  急に距離を詰められて、みちるはあっけなく観念した。可愛らしい雰囲気なのでつい忘れてしまいがちだが、真面目な顔をすると伊織の顔は整いすぎて怖い印象にさえなる。  おまけに、平均よりも少し背の高いみちるよりも伊織はさらに大きい。かがむようにしながら覗き込んでくるあたりが、自分の魅せかたがわかっていてずるい。  それなのに、怒れないのは彼が甘え上手すぎるからだ。 「口は塞いじゃダメ」 「ペットはご主人様のこと舐めるよ?」 「だから、伊織くんはペットじゃないでしょ!?」  恥ずかしくなってしまっていると、伊織はくすくす笑いながらちゅっと額にキスをしてきた。  突然のことでなにをされたのかわからなかったが、あとからそれに気がついて、全身が発火しそうになる。 「あはは、みちるさん、顔真っ赤」 「誰のせいだと……大人をからかうのも大概にして」 「からかってないよ。愛情表現だから」  立ち止まりそうになるみちるを引っ張って、伊織はモールに入るとペットエリアへずんずん進んでいく。 「だから、私には彼氏がいて……」 「満たされてる?」 「え?」  ペットコーナーの入り口で、伊織がくるりと振り返った。優しくも不敵な笑みが、彼の魅力を途端に妖艶にさせる。 「満たされていたら、ペットいらないんじゃない?」 「そう、いうわけじゃ……」 「一人でペットを見に来る若い女性はね、寂しさを感じている人が多いんだよ」  図星を突かれて、みちるは絶句した。 「ホッとできればいいって言っていたけど、だったら、彼氏と電話でもすれば、落ち着くでしょ?」 「そうだけど、彼は忙しくて……海外出張もあるエンジニアで時差もあるし」 「それって言い訳だよね、みちるさん。それでも愛で満たされていたら、ペットを飼おうなんて思わないよ」  伊織は正論を言いながら一歩距離をつめてくる。 「生き物が好きなら、すでに飼っているはずだよ。だけど初めてだって言ってたでしょ?」  この押し問答は、自分を窮地へ追いやるだろう。みちるは咄嗟の反撃ができない。  寂しさを感じていないのではない。感じないようにわざと鈍く生活しているだけなのは、みちる自身が一番よくわかっていた。  だからこそ、ペットで満たされればなにかが変わるかもと思う自分がいた。  こうして年下の子に優しくされて、舞い上がっている自分が。どうしようもない寂しさを感じているのを隠しているのだと、頭の隅っこでは理解している。 「みちるさんの心を満たせる子をちゃんと探そう。俺も手助けするから」  ね、と手を握られて、みちるは泣きそうなのをこらえてうなずく。  大人ぶろうとしていた自分よりもよっぽど、目の前の年下の青年の方が、立派な大人だった。
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