第17話

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第17話

 約束の水曜日。  伊織と仕事終わりにペットショップで待ち合わせをし、魚たちを眺めてからフードコートへ向かった。 (結局、直登からの連絡はなし、と――)  久しぶり、どうしている? そんなどうでもいい話題だったから、いけなかったのかもしれない。  読んだ形跡はあるものの、返事は来ていない。でも、返事が遅いことに焦るような関係ではない。彼の言動に一喜一憂することなどなかった。自分では、そう思っていた。 「どうしたの、みちるさん。すごく、寂しそうな顔しているよ?」  伊織に覗き込まれて、みちるはハッとした。伊織がせっかく話をしてくれていたのに、心ここにあらずだ。反省しつつ、一瞬窓の外を見て驚く。 「え、すごい雨……」 「さっきからだよ。気がついてなかった?」  おまけに雷までゴロゴロと鳴っている。みちるは雷が苦手だったので、思わず眉をひそめてしまった。 「顔色悪いけど大丈夫? 今日は、ここでやめておく?」  伊織が心配そうにのぞき込んできて、みちるは背もたれに身体を預けて、深く息を吐いた。 「ごめんね、なんかちょっと疲れたみたいで……」  雷が近くでひどい音を立てた。  みちるは思わず悲鳴を飲み込む。こんな雨の日にエレベーターに閉じ込められたことがあって、それ以来雷が苦手だ。 「みちるさん、本当に顔色悪い。送って行くから帰ろう」 「雨だからそんなことしなくて大丈夫。うちは歩いて五分だし」  みちるが断るのと、伊織がすでに片付けて立ち上がっているのが同時だった。 「ダメ。心配だから送って行く。はい、ちゃんと俺の手握って」  伸ばされた手に恐る恐るしがみ付くと、熱いくらいの伊織の体温を感じた。瞬間、全身に溜まっていた緊張がほぐれる。人のぬくもりが、急に恋しくなった。 「帰ろう」 「うん、ありがとう」  お礼は家についてからねとほほ笑まれてしまい、とてもじゃないけど敵わなくて苦笑いをした。  そうしている間にも、雨は猛烈に降ってきている。タクシーを呼ぼうかと思ったのだが、伊織の手を放すのが怖くて吹き荒れる雨の中、家へ向かった。 「これじゃあ、傘の意味ないね」  外に出た瞬間、爆風によって全身濡れてしまい、身体を寄せ合いながら歩く。マンションに到着してエントランスに入った時には、濡れ鼠もいいところだった。雨足はいまだに強く、ゴロゴロと雷が鳴りやまない。 「それじゃあみちるさん、ここで」 「帰るの? この中を?」  去って行こうとする伊織の手を反射的に掴んでいた。 「大丈夫、俺の家△△町だから」 「やだ、こっちから遠回りじゃない」 「いいの、送っていくって言ったの俺だから」  瞬間、耳をつんざく雷鳴にみちるはとっさに頭を抱えた。  自分でもわかるほどぶるぶると震えてしまい、この状態でエレベーターに乗って部屋へ行ける自信が無くなってしまった。階段で行くにしても、 9階までは遠い。 「もしかしてみちるさん、雷ダメなの?」  伊織がすぐさま駆け寄ってくると、みちるを抱きしめる。うなずきながら「怖い」と言うとさらにきつく抱きしめてくれる。 「部屋まで連れて行くよ」 「うん、ありがとう」  ゴロゴロと近くを彷徨う雷鳴に怯えながら、みちるは伊織にすがった。
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