第18話

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第18話

 エレベーターに乗るのが恐ろしくて一瞬ためらう。伊織がみちるの様子に気づいて、背中を撫でてくれる。 「大丈夫、俺がついているから。みちるさん一人じゃないよ」 「ありがとう、伊織くん」  怖くなって我慢しているのを、伊織が優しく抱きしめてくれた。  黙っているといつまでも到着しないのではと思いはじめて、みちるは口を開く。 「昔、雷の日の停電でエレベーターに閉じ込められたことがあって」 「それで怖いんだね。安心して、もうつくよ」  チーンと間の抜けた音がして、扉が開く。動けなくなりそうなくらき、ホッとしてしまった。 「どこのお部屋?」 「あそこの、角の……」 「鍵はすぐ出せる?」  伊織に運ばれるようにして扉へ向かい、鞄から鍵を取り出して冷え切った指先で鍵を開ける。中に入って電気をつけたところで、だいぶ安心した。 「みちるさん、すぐお風呂入ってね」 「待って伊織くん、こんな中帰るの?」 「送っただけだから」  玄関に立っている伊織は、ぽたぽたと水滴を垂らしている。待つように伝え、みちるはすぐさま大きなバスタオルを持ってきて伊織にかけた。  彼の頭をわしゃわしゃと拭きながら、タオルの下から覗き込んでくる瞳を見つめる。 「風邪引いちゃう。雨が止むまで休んでいって」 「いいの?」 「だって、こんなに濡れてるのに帰すわけにもいかないし」  本当は、雷が怖いから一人でいたくない気持ちも強かった。  その時、近くで雷のバリバリとした破裂音がする。みちるは悲鳴と共にその場にしゃがみこんだ。 「みちるさん、大丈夫? やっぱり心配だから、一緒にいるよ」 「お願い……」  伊織は「おじゃまします」と律儀に挨拶しながら入ってきた。一人の心細さが紛らわせられて、安心感で泣きそうだ。 「すぐエアコンつけるから。あと着替えも用意しなくちゃ」  気丈に振る舞おうとしていると、みちるの手を伊織がグイッと掴んだ。そのまますごい力で引き寄せられて、気が付いた時には伊織の顔がみちるのすぐそこにあった。 「伊織くん?」 「みちるさん、無防備なのは俺にだけにしてね?」 「え、うん……?」  じゃないと、と伊織の顔がさらに近づいてくる。頭の後ろに添えられた伊織の手が、みちるの拒絶を阻止した。 「男は、みんなケダモノだよ」  俺もね、と付け加えられた言葉が聞こえてきた時には、唇がかすかに触れ合っていた。  ほんの一瞬触れたそこだけが、冷え切った身体に急に現実と熱を持ってやってくる。 「早くみちるさんはお風呂に入って」 「え、え、え……?」 「なにしているの、俺に着替え持ってくるのと、エアコンつけるんでしょ?」 「あ、うん……そう」  早くしないと風邪引くよとほほ笑まれて、みちるは今の一瞬が幻か夢だったのかと錯覚した。  何事もなかったような伊織を見て、狐につままれたような気になる。  そのあとすぐに大慌てでエアコンをつけて、伊織に着替えを渡した。玄関で髪を拭いていた伊織は、それを受け取ると嬉しそうな顔になる。 「ありがとう、みちるさん。早くお風呂入って。俺、着替えたらゆっくりしているから」 「うん……」  みちるはやっぱり夢だったのかと思いながら、バスルームに急いだ。
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