第19話

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第19話

 シャワーを浴びて戻ると、着替え終わった伊織はソファに座りながら大人しく読書をしていた。 「伊織くん、シャワー浴びて。お湯あっつくなっているから」 「いいよ、大丈夫」 「ダメ、風邪引かれた責任感じちゃうから、早く入って」  窓の外を見るが、雨は一向に止みそうにない。テレビをつけると、このまま夜まで暴風と雨が続くと警報が出ている。 「これじゃ帰れないわね……だったらなおさら、シャワーを浴びてほしい」 「それだと、泊まることになっちゃうよ。いいの、みちるさん?」  イタズラっぽく言われてちょっと面食らったのだが、言い出したことを撤回するのもおかしい。  それに、こんな暴風の中を無理やり帰らせるのはさすがに悪魔すぎる。  さっき唇が触れたのは事故か夢だったと思い、みちるは腰に手を当てた。 「いいわよ。せっかくだから、ここで夕飯食べて、そのあと勉強しましょう」  みちるの提案に、伊織はパッと顔を輝かせた。 「洗濯物ちょうだい。洗って乾燥機かけちゃうから」 「ありがとう、みちるさん」  立ち上がって伊織はみちるに抱きついた。そして、首筋へ顔をうずめてくる。 「いい匂い。みちるさんの匂いと、シャンプーの匂いがする」 「ちょっと、伊織くん!」 「あはは、ごめんごめん。嬉しくてつい。じゃあ、お言葉に甘えてシャワー借ります」  浴室へ去っていく背中を見て、みちるは危ういかもしれないぞと少しだけ肝を冷やした。  気を取り直して、夕飯を作ろうとキッチンへ向かう。冷蔵庫にあるものをチェックしていると、伊織がシャワーを浴びる音が聞こえてきた。 「まずかったかしら……直登に言っておくべき?」  雷鳴はだいぶ収まったが、まだ近くをうろついている。一人じゃないから、雷が近くでも安心できた。  冷ご飯があったので、具材を切り刻んでチャーハンを作る。スープと簡単なサラダも用意した。伊織が出てきた音がした時には、すでに食事は出来上がっている。 「お風呂ありがとう、みちるさん……わ、めっちゃいい匂い」  まだ髪の毛が濡れたまま伊織は飛び出してきて、後ろからみちるに抱きついた。 「あ、ちょっと……!」 「チャーハン? お腹空いてたからめっちゃ嬉しい」 「伊織くん、髪の毛乾かしてきて……そしたら食べよう」  伊織のうなずく声が、首筋の近くから聞こえてくる。みちるがハッとすると、伊織はみちるを後ろから抱きしめつつ、首筋にさらに近づいた。 「ねぇ。俺が借りている男物の服……彼氏の?」 「そうよ」 「一人暮らしじゃなかったの?」  伊織の唇が、素肌に触れる距離にある。みちるはぞくっとするのをこらえた。 「一人暮らしよ。どうみてもこれ、一人で暮らしているでしょ?」 「それにしては広いけど? 彼氏の服もあるし?」 「いつ帰ってきてもいいように準備しているだけ」 「偉いね、みちるさん。俺だったら、みちるさんのこと絶対手放さないのに……」  伊織の唇が、みちるの首筋に触れた。みちるがちょっと、と声を出すと抱きしめる力が強くなる。 「みちるさんだよ、俺を部屋に入れたのは。悪いのは、無防備なみちるさんのほうだ」  かぷっと甘噛みされて、悲鳴を上げた。そのまま足の力が抜けそうになるが、伊織はその時には離れていた。 「髪の毛乾かしてくるね。チャーハン楽しみにしてる!」  伊織はご機嫌な様子でバスルームへ戻っていく。みちるはシンクに手をつきながら、半分腰が抜けたのを自覚していた。 「なにこれ、やばいんじゃ……」  しかし、すでに、時遅しだ。招き入れたのは自分だ。  伊織の言うとおり、悪いのは全部みちるだった。
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