第20話

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第20話

 伊織が髪の毛を乾かして部屋へ戻ってくる時までに、机の上においしそうなご飯を用意しておいた。 「すごい! こんなにたくさん作ってくれるなんて」 「料理全然しないけど、チャーハンだけなら作れるの」  本当のことを言い幻滅してくれないかなと思ったのだが、伊織は逆にキラキラと目を輝かせている。  いただきますと声を合わせて、夕食が始まった。 「うっわ、めっちゃ美味しい! お店みたいな味!」 「市販の中華味の調味料をつかっているからよ。私の腕がいいわけじゃないの」 「それでも美味しいよ、来てよかった!」  はしゃぐ伊織は可愛くて、思わずみちるは笑顔になる。こんな時、直登ならなんて言ってくれるだろうと思ったのだが、それを振り払う。  比較すべきじゃないのだ。  直登は彼氏で、伊織はただの顔見知りなのだから。 「スープもおいしい、みちるさん天才!」 「褒めたってなにも出ないわよ……あ、高級アイスがあるから、食後に半分こしようか?」 「するする!」  自分の部屋に弟のような美しい青年がいて、そして美味しい美味しいと料理を食べてくれる。まるでおとぎ話のようだ。  そして、この状況や伊織という存在がかなりまずいというのも自覚している。  みちるの満たされていない部分を、伊織はさりげなく満たしてくれる。本当は彼氏に満たされるほうがいい部分を、甘く優しくくすぐってくる。  はまってはいけない罠のように感じつつも、はまらなければいいのだと妙に言い訳を重ねている自分がいた。 (悪いことしているわけじゃないもの。なにもしなければセーフよ)  大雨で濡れた大学生を家に泊める。ただ、それだけのことだ。  下心さえなければセーフだ。  ただし、同じシチュエーションが直登に起きていたとしても、下心が無ければお互い様だと言い切るしかないのだが。  納得できる理由を探してしまっている時点で、罪悪感があることには気づいていた。  それなのに、伊織にアイスをあーんしてとせがまれると、忘れかけていた乙女心が揺さぶられてしまう。  伊織は食器を洗うのを手伝ってくれ、恋人のように寄り添いながら食後のアイスを食した。  罪悪感の芽が顔を出したような気がするが、みちるは平常心で追い払う。 「もう寝よっか。明日は学校何時から?」  夕方におざなりになってしまっていた金魚と熱帯魚の勉強をしていると、いつの間にか夜もだいぶ更けていた。  雷は去って行ったのだが、地面が無くなるのではないかと思うような雨が続いている。 「二限からだよ。みちるさんのほうが早いかな」 「そうね。私は九時前には出て行かないと」  じゃあもう寝ようよ、と伊織がにこりと笑う。時計の針は深夜を目指している。  みちるはベッドルームに伊織を招いた。 「私、ソファで寝るから。伊織くんここ使って」 「みちるさんがソファ? ダメだよ、俺がそっちで寝るから」  無理よ、とみちるは首を横に振る。 「伊織くんはソファからはみ出す大きさだもの。私なら収まるから、大丈夫」  伊織は納得していない顔をしている。 「俺は、ソファじゃなきゃ寝ない。じゃなきゃ、床で寝る」 「それこそダメよ」  押し問答になった結果、二人とも一歩も譲らなかった。  伊織が根負けして、ふうと大きなため息を吐いたのは、にらめっこして二分経ってからだった。
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