第21話

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第21話

「わかったよ、みちるさん。俺こっちで寝るから」 「OK、じゃあ早く寝てね。おやすみ」 「おやすみなさい」  みちるは手を振ってベッドルームの扉を閉めた。リビングに戻って、引っ張り出してきた毛布をかぶる。携帯電話のアラームを確認してから、ソファへ身体を沈めた。 「……まだ、連絡来ない」  ちょうど直登は起きる頃合いだろうか。  今から直登の今日が始まるんだなと考えながら、連絡が来ないことにため息を吐く。これくらいのことでめげる自分ではなかったのに、伊織という存在が現れただけで、こんなにも心細い。 「仕事よ、仕事。一杯明日から仕事増やせばいいのよ」  どうしてとか、会いたいとか、そういう言葉では表せないモヤモヤした感情が胸の奥底で渦巻く。  今、直登からの連絡がなければ、色々と後ろめたく感じてしまいそうだ。伊織のことも伝えたいのに。  だから、早く――。  いつもならすぐに寝られるはずなのに、目がさえてしまって何度も寝返りを打った。  柔らかい心地のソファのせいか、連絡を無視されている彼氏のせいか。はたまた、優しくてかわいい伊織のせいか。  眠りは一向にやって来ないまま、虚しさと焦燥感で胸がはちきれそうになる。雨はまだ止まず、遠くで雷がゴロゴロしている、 「……みちるさん」  声をかけられて、潜っていた毛布からみちるは顔をだした。 「伊織くん? どうしたの、眠れない?」  半身を起こすと同時に、みちるの脇の下に伊織の手が入れられる。 「え……?」  訳がわからないまま毛布から引っ張り出されたかと思うと、そのまま横抱きにされた。 「ちょ、伊織くん!?」 「やっぱり、みちるさんはベッドで寝て」 「いいわよ! それより重いから放して……!」  ダメだよと声が間近で聞こえて、覗き込まれる。伊織の澄んだ瞳にみちるは声を一瞬失った。 「暴れないで、危ないから。ちゃんとベッドまで運びたいんだ」  さもなければ口を塞ぐよと言わんばかりの距離感で言われたため、みちるはおとなしくうなずく。 「みちるさんはお利口さんだね」  額に伊織の唇が触れた。抗議することもできず、ベッドの上にゆっくりと降ろされた。 「じゃあ、ゆっくり休んでねみちるさん」 「待って……!」  出て行こうとする伊織の手を掴んでしまってから、みちるはしまったと思った。  これでは、引きとめた理由を探さなくてはならない。しかし、そんなものは、寂しさ以外のなんでもなかった。 「まだ雷怖い? 一緒に寝てあげようか?」  伊織はベッドに腰かけて、みちるの手の甲にキスをする。そして頭を優しく撫でてくれた。 「えっと……ごめん、お礼を言いたくて。ありがとう、ベッド使わせてくれて」 「いいの、泊めてもらってるんだし」 「でも、ソファだと伊織くん眠れないんじゃ」 「じゃあ一緒に寝よう、みちるさん」  言うや否や、伊織はふわりと掛布団をめくると、ベッドの中へ入ってきた。 「いや、待ってそれはダメ」 「待ってって言ったのはみちるさんでしょ。押し問答していると睡眠時間が減っちゃうよ。大人しく一緒に寝るのがいいと思う」  みちるは慌ててベッドの奥へ行き、伊織に背中を向けた。もうこうなったら、下手にベッドから追い出すよりも一緒に寝てしまったほうがいい。  直登への言い訳を考えなくてはと思えば思うほど、心臓の鼓動が早まって、眠れそうにない。 (どうしよう……)  これは、さすがに悪いことだ。頭の隅っこで、みちるの防衛センサーが警鐘を鳴らしている。  そうと知ってか知らずか、伊織の手が伸びてきてみちるを後ろからぎゅっと抱きしめた。
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