第32話

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第32話

 待っているだけの四日間は長い。  仕事が忙しければあっという間だというのに、残念なことに今のところ猛烈に忙しいと言うわけではない。  それなりの忙しさは、余裕ではなくて退屈を呼び込む。  時間のロスが多くなるような気がして、みちるはぎっちぎちにスケジュールを組み直して、自分に追い込みをかけるように仕事をこなした。  鬼神のようだったと後々言われることになるほど、あまりにも大量のタスクを消化した。みちるは仕事をガンガンに飛ばしていた。 (終わった、帰ろう!)  そのおかげで後回しにしていた細かい作業もすべてこなし、ついでに鬼神という称号までちょうだいすることができた。 「よし、お先に上がります!」  立ち上がって鞄を肩にかけると、もうすでに暗くなりかけている外へ歩き出す。  冬の長い夜は、みちるの神経をこっそり逆撫でする時がある。急に押し寄せてくる寂しさは、寒さも相まって強烈な吹雪をみちるの心にお見舞いする。  だが、幸福感がぶわっと自分自身を包んだような気がしたのは、半年ぶりになる彼氏と会えるからだ。電車に乗って、いつもと逆へ三駅。  そわそわワクワクして、居ても立っても居られない。そうだ、忘れていた感情はこれだったんだ。  伊織にほだされかけていたが、やっぱり彼氏と会うとなるとこんなにも気持ちが弾む。 「やっぱり、直登のことが好きなんだ私……」  確かめるように呟き、待ち合わせの駅の改札へ駆けあがる。平常心、と思いつつも、そこに立っていた背が高くてがっしりとした体つきの男性を見つけると、みちるは切なさが込み上げてくる。 「直登!」  みちるの声に気がついた直登は「よう」と手を上げながら破顔した。  半年ぶりの再会の割にはドライな素振りに、みちるは抱きつきたい気持ちを一瞬で押し殺した。息を整えてから隣に並ぶと、直登が「久しぶり」と微笑む。 「久しぶりだね直登。元気にしていた?」 「いや、全然。忙しくって。しかも時差ボケで、身体だるすぎ」  あんまにも普通すぎる会話で、直登らしくてみちるは笑ってしまった。  直登は短髪に切れ長に近い瞳をしている。巨躯は学生時代のラグビーのたまもので、いまだにスーツが似合うという感じではない。 「行こう、みちる。予約の時間過ぎそうだ」  手を繋ぐか腕を組みたいと思ったのだが、みちるが躊躇ったその一瞬で、直登は先に歩き出してしまっていた。  直登は昔から、優しいけれど気が利くようなタイプではない。海外勤務でそのあたりに変化があるかと思いきやさっぱりだ。  朴訥とした印象の方が勝る口下手な直登の変わらなさに、みちるは苦笑いをしながら小走りで追いかけた。  手を繋ごうと思ったのだが、それをやめて腕に手を回した。すると直人がふとみちるのことを見下ろして、優しい笑みを向けてくる。 「どうしたの、直登?」 「みちると会うの、本当に久しぶりだなと思って。ちょっと痩せた?」  目は口ほどに物を言う。直登の瞳がほんの少しだけ揺らいだのを見て、みちるは疲れているのだなと心配になった。 「直登、もしかして体調悪い? 予約をキャンセルしてホテルで休む?」 「いや……大丈夫。行こう」  その声はまるで、行かなくてはならないと言っているかのようだ。  そんなに無理をしなくてもと思ったのだが、直登が歩を緩めなかったので、レストランへ直行した。
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