第34話

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第34話

(え……!?)  会社からの急ぎの連絡かと思ったが、そうではなかった。見間違いかと思い再度確認してしまう。 「なに、どういうこと?」  ディスプレイには、いくつものメッセージが表示されている。どれも、同じ人物から送られているようだ。 〈松山補佐、先程はデート楽しかったです〉  語尾につけられたハートの文字に、みちるはただならぬ悪寒を感じた。 〈ホテル代ありがとうございました。また後日お礼しますね!〉  文字を追い終わった時、氷山の中に閉じ込められたかのような寒気がみちるを襲う。  震える手で日本酒の熱燗が入っているとっくりへ手を伸ばし、そしておちょこへとつごうとして、中身をこぼした。 「ああ……」  みちるが大慌てでそれを拭いていると、戻ってきた直登が参事に気がついて、おしぼりをたくさんもらってきてくれる。 「大丈夫か? お前らしくもない」 「ごめんごめん。久しぶりのお酒で、ちょと手元狂っちゃった」 「しっかりしろよ」  直登の真っ白な歯が見えた時、みちるは過去の映像が思い浮かんだ。  ――あれは、文化祭の時だ。  にぎわう中、ただただ直登と自分は歩いていたはずだ。  手を繋ぐこともせず、話も弾まずに文化祭を一緒にすごした。  恥ずかしくてなにも言えなかったあの頃の思い出は、きれいなままみちるの心の中にしまってある。  青春を、初めてを――色々な体験と過ごした日々が、頭の中をよぎった。 「みちる、そっちもまだ拭き足りないぞ」  手がとまってしまっていると、直登が声をかけてきた。直登の目元に、長い月日を感じる。  虚しい。  みちるの勘違いかもしれないけれど、先ほど見てしまった女性とのメッセージのやり取りで、みちるは確かになにかを感じたのだ。  美しい思い出と現実が、交互にフラッシュバックしてみちるは頭痛がしてくる。 「みちる、具合悪い?」 「……ちょっと、酔っちゃったかも」 「そんなにきつくないぞ、この日本酒。まあ、みちるはほぼ下戸だもんな」  あと始末は任せろと、直登はとっくりを持って行く。  みちるがお水をちびちび飲んでいると、直登は携帯電話に表示されたメッセージをちらりと確認した。  みちるはおしぼりで顔を隠すようにして直登の表情を盗み見る。  直登の口元が緩んだのが見えた。  それから慌てたように携帯電話をしまう。照明のせいで、直登の瞳が真剣なのかそうでないのかよくわからなかった。  しかし、口元が緩んだのを見た。  それは、みちるに見せる笑みとは違うベクトルが働いているように思える。  直登は、みちるが携帯電話を覗くなどとは、微塵も思っていないのだろう。  それほど信頼しているという裏返しなのではなく、それほどに空気のように馴染んでしまってダレた関係だからだ (――女の勘って、こういう時に働くのかも)  直登を疑いたくない気持ちと、どう解釈してもあの文面は浮気にしか思えないぞという気持ちで、みちるは吐き気が込み上げてきて席を立つ。 「お化粧室行ってくるね」 「顔色悪いな。帰ろうか?」  大丈夫、とみちるは直登を牽制した。  そのまま逃げるようにトイレへ向かい、振り返りざまに直登の様子を見る。携帯電話に手をかけて、嬉しそうな表情で文字を打ち込んでいるのが見えた。  予感は、確信に変わる――。  みちるは大きく息を吐いてから化粧室へ行き、冷水で顔を洗った。ざぶざぶと洗いながら頭も心も冷やす。鏡で自分の表情を見て、思わずため息が出た。 「私だって、やってること同じようなことじゃない……」  伊織とは、身体の関係はなかったとしても、添い寝もしたし唇も触れ合った。  直登のことを責められたものじゃない。だからと言って、許せるわけでもない。  みちるは呼吸を整えると、席へ戻った。
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