第39話

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第39話

 お風呂のあとの押問答の末、結局伊織とベッドを折半する形になった。 「ペットと一緒に寝ていると思えばいいでしょ?」 「伊織くんは人! 電気消すから、早く寝よう」 「照れてるのみちるさん。可愛いなあ……ってああ、もう消しちゃったの?」  おやすみとぶっきらぼうに放って、みちるは伊織に背を向ける。彼はくすくす笑いながら「おやすみ」と耳元でささやいた。  夕方のキスを思い出してしまい身体をこわばらせると「なにもしないよ」とさらに笑っている。  わかっていたものの、ベッドを折半するのはさすがに浮気ギリギリすぎる。しかし、食事の時に直登に送られてきていたメールが気になって、みちるはなかなか寝付けなかった。  ホテルといってももしかしたら会社の手配したものかもしれない。だとしたら、直登が払う必要がない。  それに、相手は『デート』という単語を使っていた。会社の付き合いだったとしても、さすがにそれは言わない。  ぐるぐるぐるぐる、思考がとまらなくなってきた。静かに寝がえりを打ったりぼうっとしていたりしていたのだが、眠気がどんどんと去っていく。 「……みちるさん、眠れないの?」  頭が冴え冴えしてきた時に、伊織が半身を起こしてみちるを覗き込んできた。 「うん……まあ、ちょっと頭が冴えちゃって」 「じゃあ、抱きしめてあげる」  言うや否や、伊織が後ろからみちるをがっちりと抱きしめた。 「なっ……ちょっと!」 「暴れないでよ。なにもしないって」 「してるじゃないの」 「これは、みちるさんにとって『している』に入るの?」  煽り文句だとわかっていたのに、なぜか悔しくなってしまった。 「しているに入らないわよ、こんなの、大人の間じゃ」 「そうでしょう? なにかするっていうのは、こういう事でしょ?」  伊織の首が伸びてきて、みちるの首筋にあっという間に唇で触れた。 「ちょっと……ダメだってば!」 「こんなの、大人なら『している』じゃないよね? この先を超えたら……そこで初めて『している』になるんじゃないの?」  答えられないでいると「そもそも」と伊織は首の筋に唇を這わせながら続けた。 「俺はペット枠だったよね、みちるさん?」  皮膚に触れていただけだったのに、急に首筋を唇でやわやわとはさまれる。意図せず身体が跳ねてしまい、伊織が満足そうにするのが気配でわかった。 「ペット枠なんだったら、浮気もなにもないよ」 「ペットだったらね」 「俺を飼う気になった、みちるさん?」  そういえば、伊織は三月いっぱいで引っ越さないといけないと言っていたはずだ。みちるは苦い気持ちと、胸のドキドキが収まらない。 「こんな広い部屋で、持て余しているでしょ。家賃を折半したら楽になるし、食事は俺が作る。掃除も洗濯もするし、肩もみもヘッドマッサージもする」 「そんなの……」 「俺がしたいからするの。義務とか、責務じゃなくて、俺の気持ち。ねえ、受け取る気はない、みちるさん?」  首の後ろに舌先が触れて、身体に電撃が走った。しかし、伊織はそこでみちるから離れる。 「……金魚ってね、意外にデリケートなんだよ」  黙りこくっていると、急に伊織が話し始めた。 「デリケート、なの?」  そう、と伊織は続けた。
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