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第42話
会社を休みにしたのは、泣きすぎて目が重たかったからだ。
保冷剤で目を冷やしながら、やっと落ち着いたみちるは伊織に事情を話した。
彼氏とは遠距離を続けていること、勝手に直登からのアクションを待っていること、そして、昨夜のこと……。
「なるほどね。むしろ、そのメッセージを見てすぐに怒らなかったのは偉いよ、みちるさん」
何度も頭を撫でられ、泣き疲れてぐったりした身体を抱き寄せられると、それだけでまた泣きそうになる。
一度崩壊した涙腺の堤防は、弱く脆い。
「褒めないでよ、そんなところ……結局、浮気されるような彼女ってことじゃない」
「自分を追い込まないの。みちるさんはすごいよ。一生懸命でかわいい」
「やめてってば」
「やめない。浮気したほうが完全に悪い。みちるさんは被害者だよ」
浮気されるほうにも非があるのよ、とつぶやきつつ、伊織が用意してくれたお茶をゆっくり飲んだ。
「浮気はするほうもされるほうも悪い、っていうのは正論だよ。でもそれはお互いに明らかな非がある時だ」
泣いたせいで頭が痛く、ずきずきと全部が痛い。身体のだるさも異常で、熱でもあるのではないかと思うくらいだ。
「みちるさんに、非はないはずだよ?」
わかっている。だからこそ、より一層やるせなくてつらいのだ。今までの直登への気持ちや、費やしてきた時間が無駄だったなんて考えたくもない。
「私が、重たかったから……」
いい彼女でいようとしすぎてしまった。直登ばかりを責められない。
「ねぇ、みちるさん。慰めてもいい?」
「さんざん慰めてくれたじゃない」
伊織はちょっとだけ悪い顔で微笑んでいた。
「つけ入らせてよ。悪いのは全部俺だから」
泣きはらしたまぶたにキスをされて、みちるはこそばゆくなる。そのままこめかみに唇が触れて、全身のけだるさの中をしびれが通過した。
「もっとしてもいい?」
「ダメ、罪悪感が増すから」
「悪いのは俺だから」
伊織の親指が唇を撫でていく。温かい手に頬を包まれて、気がつけば唇が重なった。
「本当はこのまま押し倒したいけど……」
そこで言葉を切って、伊織はみちるを抱きしめると、ひょいと持ち上げてソファに座りなおした。
「ちょっとくっついていようか、みちるさん」
みちるを抱き寄せて、伊織は頭を撫でてくれる。しばらくすると眠気が来て、みちるは伊織の温もりに安心して目をつぶってしまった。
目を開けたときには、一時間ほど経っていた。伊織も寝ていたようで、目を瞬かせてあくびをする。
「みちるさん、ホラー映画観ようよ」
「え、今?」
「そう。今すぐ。今すぐ観ないと、俺死んじゃう」
「嘘だ。そんなんじゃ死なないでしょ」
みちるはクスクス笑ってしまった。
まだ昼間なのに、部屋を真っ暗にしてホラー映画を観た。途中、何度か伊織に驚かされて、みちるは悲鳴を上げる。
その度にケラケラと笑いあいながら、気がつけば気持ちは穏やかになっていた。
映画が終わるとすぐに、伊織がみちるを覗き込んでくる。そして、不意打ちでキスされる。
すぐに離れて行ったけれど、みちるが目を白黒させていると伊織はニヤリとした顔で覗き込んできた。
「ただのスキンシップだよ。お散歩行きましょ、みちるさん。ついでに夕飯の買い物も」
「うん」
近くの公園を散歩し、スーパーへ買い物へ出かける。その間握っていた伊織の手は温かく、じんわりとしたその温もりに、心までホカホカしてきた。
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