第43話

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第43話

*   翌日。  携帯電話の電源を切っていたので、直登からの着信に気がついたのは、朝になってからだ。  出勤する途中で電源を入れて、着信履歴を見て息を吐く。すぐさま、ほんの少し重たい気持ちでかけ直した。  本当は、自分の意思で切っていた。伊織とゆっくり話したかったからというのもある。  直登のことを一瞬でも忘れて穏やかに過ごしたく、心をかき乱される原因である携帯電話を見ないことにしたのだ。 『――もしもしみちる。本当に大丈夫? 携帯も繋がらないし。何回もかけたのに』 「心配かけてごめんね。充電器から落ちちゃってたの」 『なら良かったけど、すごく心配した』 「ごめんごめん。なんともないよ。ゆっくり寝たから、体調も万全」 『俺さ、に戻る日にち早くなっちゃって』  直登は気まずそうに呟いた。それにみちるは立ち止まる。 「そうなの?」  調整がきかなくてと直登は謝る。昨日伊織と話をして、直登とはきちんと話をするのがいいと決めたばかりだった。  早くも、直登のいう海外に戻る日程の早まりが本当なのか嘘なのか、疑心暗鬼になりすぎて見当がつかなくなっている。  以前は疑わずに済んだのに、こんなにも信頼が揺らぐとは。 『ごめん、そんな落ち込まないでよ。また三週間後に戻れるから』 「あ、違う違う。いや、違わないか……」  みちるはふとなにかが吹っ切れたような気がした。  直登の心を計りたくはないのに。きちんと話をするべきなのに。それができないのならと思い、みちるは伊織の考えた案を直登に伝えることにした。 「直登。次に帰国した時に詳しく話すけど、友達の弟と一緒に住むことになったの」 『え?』 「友達が地方に転勤になっちゃったの。大学生の弟くんは、学校がこっちだから。幸いにも私の部屋は広いし」  直登のために用意していたんだけど、という言葉を飲み込み、みちるは続けた。 「家賃も入れてくれるってことで承諾したの。家事料理ができる子らしくて、私も忙しいから助かるんだ」 『弟って、歳いくつなの?』  いつもならそれほどに気にしない直登が、珍しく食いついてきた。これで直登が焦ってくれたら、自分への気持ちがまだ残ってるはずかもしれない。 「……二十二歳で四月から大学四年生」 『けっこう大きいな。一人暮らしでもいいんじゃないか?』 「友達が心配しているから。私も誰かと一緒に暮らせたら安全だし」 『……まあ、もう承諾したなら仕方ないけど。今度そういうのがあるなら、俺に相談して』  なんで? という言葉を飲み込んだ。  いつだって、電話もろくにせずメールの返事も遅いのに。そして、そんな相談をしたら絶対に反対していただろうに。  売り言葉になってしまうから、みちるは思ったことを口にしないでおいた。 「忙しそうだったから、話すの気が引けちゃって」 『でも誰かと一緒に暮らすなんて。しかも、弟って言っても男だし』 「なにもないって。直登だって、なにもないでしょう?」 「――ああ、まぁ……」  濁された。  直登は隠し事がうまいタイプではない。長年一緒にいたみちるは、彼の性格をいやと言うほどわかっていた。  そして、そういうみちる自身も得意ではない。だから、伊織と住む理由と設定を用意した。 「ごめん、もう会社行くから。また連絡するね」 『あ、みちる』 「なに?」 『……いや。また連絡する。仕事、頑張れよ』 「ありがとう」  直登は怒らなかったし、今すぐに話をしようとも言われなかった。彼がなにを考えているのか、正直なところみちるにはわからない。  みちるは電話を切った。
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