155人が本棚に入れています
本棚に追加
第43話
*
翌日。
携帯電話の電源を切っていたので、直登からの着信に気がついたのは、朝になってからだ。
出勤する途中で電源を入れて、着信履歴を見て息を吐く。すぐさま、ほんの少し重たい気持ちでかけ直した。
本当は、自分の意思で切っていた。伊織とゆっくり話したかったからというのもある。
直登のことを一瞬でも忘れて穏やかに過ごしたく、心をかき乱される原因である携帯電話を見ないことにしたのだ。
『――もしもしみちる。本当に大丈夫? 携帯も繋がらないし。何回もかけたのに』
「心配かけてごめんね。充電器から落ちちゃってたの」
『なら良かったけど、すごく心配した』
「ごめんごめん。なんともないよ。ゆっくり寝たから、体調も万全」
『俺さ、に戻る日にち早くなっちゃって』
直登は気まずそうに呟いた。それにみちるは立ち止まる。
「そうなの?」
調整がきかなくてと直登は謝る。昨日伊織と話をして、直登とはきちんと話をするのがいいと決めたばかりだった。
早くも、直登のいう海外に戻る日程の早まりが本当なのか嘘なのか、疑心暗鬼になりすぎて見当がつかなくなっている。
以前は疑わずに済んだのに、こんなにも信頼が揺らぐとは。
『ごめん、そんな落ち込まないでよ。また三週間後に戻れるから』
「あ、違う違う。いや、違わないか……」
みちるはふとなにかが吹っ切れたような気がした。
直登の心を計りたくはないのに。きちんと話をするべきなのに。それができないのならと思い、みちるは伊織の考えた案を直登に伝えることにした。
「直登。次に帰国した時に詳しく話すけど、友達の弟と一緒に住むことになったの」
『え?』
「友達が地方に転勤になっちゃったの。大学生の弟くんは、学校がこっちだから。幸いにも私の部屋は広いし」
直登のために用意していたんだけど、という言葉を飲み込み、みちるは続けた。
「家賃も入れてくれるってことで承諾したの。家事料理ができる子らしくて、私も忙しいから助かるんだ」
『弟って、歳いくつなの?』
いつもならそれほどに気にしない直登が、珍しく食いついてきた。これで直登が焦ってくれたら、自分への気持ちがまだ残ってるはずかもしれない。
「……二十二歳で四月から大学四年生」
『けっこう大きいな。一人暮らしでもいいんじゃないか?』
「友達が心配しているから。私も誰かと一緒に暮らせたら安全だし」
『……まあ、もう承諾したなら仕方ないけど。今度そういうのがあるなら、俺に相談して』
なんで? という言葉を飲み込んだ。
いつだって、電話もろくにせずメールの返事も遅いのに。そして、そんな相談をしたら絶対に反対していただろうに。
売り言葉になってしまうから、みちるは思ったことを口にしないでおいた。
「忙しそうだったから、話すの気が引けちゃって」
『でも誰かと一緒に暮らすなんて。しかも、弟って言っても男だし』
「なにもないって。直登だって、なにもないでしょう?」
「――ああ、まぁ……」
濁された。
直登は隠し事がうまいタイプではない。長年一緒にいたみちるは、彼の性格をいやと言うほどわかっていた。
そして、そういうみちる自身も得意ではない。だから、伊織と住む理由と設定を用意した。
「ごめん、もう会社行くから。また連絡するね」
『あ、みちる』
「なに?」
『……いや。また連絡する。仕事、頑張れよ』
「ありがとう」
直登は怒らなかったし、今すぐに話をしようとも言われなかった。彼がなにを考えているのか、正直なところみちるにはわからない。
みちるは電話を切った。
最初のコメントを投稿しよう!