第45話

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第45話

 帰宅すると、漂ってくる肉の焼ける匂いに思わず「うわ」と声を漏らした。 「みちるさん? おかえりなさい」  キッチンからやってきた伊織は、エプロンをつけて首をかしげる。にこりと笑って、みちるの鞄をひょいと持ち上げた。 「みちるさん、ただいまは?」 「あ……た、ただいま」 「お仕事お疲れさま」  伊織がすかさずみちるの頬にキスをした。 「伊織くん!」 「スキンシップは大事だよ。早くおいでよ、ちょうどハンバーグ焼けてきたところ」  伊織はすぐにキッチンへ引っ込んだ。 「もう……距離感おかしいってば」  伊織に飼ってとせがまれて、みちるは結局承諾した。  伊織は絶妙な距離感でスキンシップをしてくる。前からだが、パーソナルスペースに入ってくるのも躊躇がない。  いくらペットみたいなものだと言われても、伊織は間違いなく人だ。それも、大人の男性だ。  だが、みちるは仕事以外はずぼらなところがあるので、伊織の家事スキルには本当に助かってしまっていた。  というわけで、過剰とも思えるスキンシップを咎められない。 「伊織くん、あのねああいうのは――」 「はい、みちるさん」  部屋で着替えてからキッチンへ向かい『キスはだめ』と言おうとしたみちるの手を引っ張って、伊織は見事に椅子にエスコートしてしまう。 「じゃーん。うまくできたよ」 「わあ……」  目の前に出されたハンバーグとバターソテーの付け合わせに、思わずみちるの胃袋が動き始めた。 「みちるさん、美味しかったらご褒美ちょうだい?」  いたずらっぽく言われて、みちるは内心負けたと息を吐いた。 「……わかった。それより伊織くん、早く食べたい。お腹ペコペコだよ」 「熱いうちに食べよう」  いただきますの合図のあと、アツアツのハンバーグを口へ頬張る。 「んー!」  みちるの口元がほころんだ。伊織はその様子を見てニコニコ笑っている。 「みちるさん、美味しい?」 「美味しい、幸せ、最高! 伊織くん本当に料理上手!」 「でしょでしょ」 「ありがとう、作ってくれて」  伊織もハンバーグを食べて、満足そうに上出来とうなずく。 「今度はお豆腐ハンバーグも作ろっか? ふわふわですごく美味しいよ」 「食べたい!」  伊織が作る料理なら、なんでもおいしいだろうと想像ができる。ハンバーグなんて面倒くさいものを、よく作ってくれたなと感心してしまった。 「毎日作るから、毎日ご褒美ちょうだい?」 「いいわよ。ビーフジャーキー? カジカジする骨っこ?」  みちるがくすくす笑うと、身を乗り出してきた伊織の舌がみちるの唇の近くを舐めた。 「ソースついてたよ」  急に恥ずかしくなってしまっていると、伊織はみちるの髪の毛を一房握った。覗き込んでくる上目遣いは、蠱惑的で色っぽい。みちるは伊織を押しやった。 「自分でとるから、教えてくれるだけでいいからっ!」 「ご褒美、いっぱい考えておくから覚悟して」 「……やっぱり撤回してもいい?」  尻すぼみになると、伊織はみちるの頭を可愛い可愛いと撫でてくる。みちるは、自分の心臓がこの先ちゃんと機能するかどうかわからなくなってしまった。
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