第46話

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第46話

 お風呂上りに、伊織とともにお茶を飲みながら話をした。 「俺のこと、彼氏にちゃんと言えた?」 「友達の弟で、友達が転勤だから預かることした。合ってるよね?」 「パーフェクト」  直登に対してささやかな反抗をしている気分で、少しだけ心は罪悪感から遠ざかっていた。 「手料理食べたいとか言って牽制してきたから、なにかと疑っているみたい」 「みちるさんを今までないがしろにしておいたのが運の尽き。だから、俺みたいな悪い虫がついた」  伊織はいたずらっぽく笑ったが、しばらくすると、みちるは疲れてあくびをかみ殺す。それに気がついた伊織がテレビを消した。 「もう寝る、みちるさん?」 「あ、明日の準備しなくっちゃ……それ終わったら寝るね」  部屋に戻って準備を済ませると、すでにリビングの電気は消えていた。寝室だけ灯りがついている。その中に入ると、伊織がベッドの脇に腰かけていた。 「おいで、みちるさん」  両手を広げられて、みちるは躊躇う。飛び込んで行ったら、抱きしめられてしまうだろう。  さすがにいくらなんでも、罪悪感がある。しかし伊織はみちるが拒否することを許さないようだ。 「ご褒美くれる約束でしょ? 破るの?」 「破らないけど……」  一歩一歩踏み出して、伊織へ近づく。彼はずっと優しい瞳でみちるを見つめている。伊織の目の前に立つと、再度両腕が広げられた。 「みちるさん、俺の膝の上に乗ってハグして」 「それがご褒美?」 「そう。ビーフジャーキーの代わり」  みちるはドキドキしながら、伊織の膝の上に乗る。すると、伊織は優しくみちるを抱きしめた。  一瞬びっくりして身体が震えたのだが、伊織のふわふわな髪の毛を見ていると急に愛しさがこみあげてきて撫でたくなった。 「伊織くん、頭を撫でてもいい?」 「うん、撫でて」  恐る恐る伊織の髪の毛に触れる。柔らかい。本当に犬のような手触りだ。気持ちがいいのか、伊織はみちるを強く抱きしめて顔をうずめている。  母性本能をくすぐられているような気分だ。伊織を優しく抱きしめながら、しばらく頭をずっと撫でていた。 「あー……ずっとこうしていたい」 「そうだね、なんだか落ち着くね」  伊織が顔を持ち上げたのだが、眠いのか目がとろんとしている。 「寝よっか、みちるさん」  抱きしめていた腕がみちるの頭を抑え込んで、唇が触れる。重ね合わせた温もりの心地好さの後に、甘さが体中に広がってくる。 「ダメだよ、伊織くん」  しかし伊織はいたずらっぽく笑いながら、みちるを抱えたままベッドへ倒れ込む。向きを変えると、伊織はみちるの上に乗るような形になった。 「ダメなご褒美かどうかは、俺が決める」  伊織の顔が近づいてきて、みちるは目をぎゅっとつぶった。しかし一向になにもされないので目を開けると、ニヤニヤした伊織の表情が見えた。 「可愛いね、みちるさん。とって食べたりしないよ」  伊織は電気のスイッチを消す。 「おやすみ、みちるさん」 「……お、おやすみ……」  今度は額にキスをすると、伊織はベッドの端でみちるに背を向けた。 (どうしよう……こんなこと、許されるの?)  考えたところで、いまさら後の祭りだ。みちるはふうと大きく息を吐くと、伊織に背中を向けて目をつぶった。
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