第47話

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第47話

 伊織が完全に引っ越してきたのは、それから五日後。  何度かアパートとみちるのマンションを行き来しつつ、伊織は運べる荷物を自分で持ってきていた。 「元々荷物が少なかったから良かった」  家具家電付きのアパートだったという伊織の持ち物は少ない。  重たい本などはさすがに運べないので、ペットショップで使っている台車を借りてきて運んだらしい。家を引き払う前に、みちるも最後の掃除を手伝いに行った。 「少なかったといっても、やっぱり一人で全部運ぶの大変だったでしょう?」 「みちるさんと一緒に住めるほうが楽しみで、気にならなかったよ」  床をきれいに拭き上げて、忘れ物がないか最終チェックする。午後に管理会社の人が来て、書類に署名をしてアパートの引き上げ作業は終わった。  二人でみちるの家へ戻ると、玄関で伊織がみちるを覗き込んだ。 「みちるさん、いい。もう後戻りできないよ?」  それはみちるも思っていたことだ。恐怖となって襲い掛かってくるわけではなく、じんわりとのしかかってくるような感じがした。  寂しさの穴を蓋されたような気持ちと、直登への取り切れない罪悪感。 「……わかってる。ちゃんと直登にも言う」  伊織の顔が近づいてきて、みちるとコツンと額が触れ合った。 「みちるさんを俺が勝手に好きになっただけだから。みちるさんは悪くないし、重く考えないで」 「なにを今さら……考えちゃうわよ」  勝手に好きになったというのなら、そのうち勝手に嫌いになって出て行くのだろうか。  みちるはそんなことをふと考えたが、見透かされたような瞳に見つめられて思考がストップした。 「嫌いにならないで、俺のこと」 「それはこっちの台詞で」 「重く考えないでほしいけど、飼うって言った責任はとらなくちゃ。ちゃんとご褒美ちょうだいね」  それにみちるは口を曲げる。ご褒美がキスだったら困る。  直登へ申し訳ないという思いもそうだけれど、理性がきかなくなったらどうしようという恐怖もある。 「ご褒美あげるけど、キスはダメ」 「それは俺が決める」 「ダメなものはダメ。そんなことしたら追いだすからね」 「できないくせに」  これではどっちが飼い主なのかわからない。みちるは苦笑いをした。ここで押し問答をしているわけにもいかず、部屋へ入る。 「片付け作業あるでしょう? 今日は私がなにか作るよ……っていっても、ろくなもの作れないけど」 「いいよ、俺がやるから。なに食べたい?」 「そうねぇ……」  迷っていると、今冷蔵庫にある材料で作れるものを伊織が呟く。 「伊織シェフにお任せする」 「わかった。美味しいの作るね!」  食後に珍しく連絡が来ており、帰国の日程が書かれていた。 「なにを、焦っているの……?」  彼からの連絡は嬉しいはずなのに、勘繰らずにはいられなかった。
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